25話 好奇心は猫をも殺す

「そういえば、ボクちゃんたち、誰?村の生きてた奴らは全員バラしたはずだが…?」


凱は顔を上げ、フードの下の正体を暴こうとする。

それに気が付いたのか、男はこれ見よがしにフードの襟元を掴み、おもむろに下ろしていく。

現れたのは、傷だらけの顔を持つ中年くらいの男だった。


「迷子…にしてはクローゼットの中の骨を暴くのが好きなようだしな」


うつ伏せになった凱は尚も必死に顔を上げようとするが、うまく力が入らない。

叩きつけられた衝撃はいまだに体の芯を揺さぶり続けており、世界がぼやけ続ける。

苦しい、何も分からない。

だから、凱は何も答えられない。


「ん?だんまり?まぁいいさ、名探偵も【不可能なことがらを消去していくと、よしんばいかにあり得そうになくても、残ったものこそが真実である】と言ってた事だし。気分は世界一の名探偵だ。ところで世界一って、誰なんだろうな?部屋の隅にいる世界初の安楽椅子探偵?バリツとかいう格闘技が得意な名探偵?死体安置所の街の最古の天才的な探偵?まぁ、誰でもいいか。俺が、世界一になるから」


男は、ゆっくりと周りを見渡す。

舌の上で転がして、味を堪能するように。


「男女二人組、カーキ色の外套、比較的軽装、13〜15歳くらい、斜陽、まだ分からないな。戦闘経験皆無…?戦闘能力皆無。気骨なかなか、痩せ気味、日焼け慣れしていない肌……北の方出身か?こんなところにわざわざ?うーん、わからんなぁ」


列挙されるのは、男が見たままの景色。

それは、オッカムの剃刀によって削ぎ落とされるような事柄だった。

しかし、削ぎ落とされることによって単純なモデル化がなされ、真実という彫刻は出来上がっていく。

核心に迫っていく男は、凱はさほど重要ではないと感じたのか、ノアを注視する。


「銀髪、高貴な雰囲気、白磁のような肌、帝国製のブレスレット…?はぁ。今まで生き残ってきたことを考えれば、なるほど、あんた……あなた様は、第二王女様じゃないか。実際目にするのは思い出すのに記憶の箱をひっくり返して探さないといけないくらい前だったが、お元気そうで。…あの頃と変わらない…?いやそれどころか、なおのこと若々しく見える」


ノアは気絶していて、何も答えない。

返答がないことを気にした様子もなく、男はひとりでに納得する。

凱の動きを封じるように右手に乗せていた足を退けると返す刀で地面に転がされた凱の頭を踏みつけ、勝ち誇ったように宣言する。


「まさか、第二王女様が生きてるとはなぁ。…こりゃあ、お得意様も大喜びだろうなぁ。いや、ほんとに。こんな事態を引き起こして…引き起こしたんだよな?だってあんたが東の帝国に来た途端にこんなんだ。そりゃ、誰だってお怒りだぜ」


男は、足蹴にした凱を再び見下し、嗤う。

その顔は、酷くぐちゃぐちゃだった。

泣き笑いのような、或いは悪ぶっているかのような。

必死にどのような表情が良いのだろうと探しているようだった。


「いやぁ、ほんっとに感謝してるぜ、ボクちゃん。こんな大物、カモがネギどころかネギがカモと一緒に鍋で煮込まれながら来るようなもんだぜ。村に着いて、異常を感じてもそこで引き返せばよかったのにな」


まじ笑える、と言いながら男は足に込める力を強める。

必死に。

必死に。

それはもう、執拗に。

足裏から伝わる感情は、困惑に近かった。


「この道を曲がるとどうなるんだろう、あの小道はどこに通じているんだろう。来た道を今引き返したら、どんな出会いがあるのだろう。一時間時間をずらしたら、路地裏に入ったら、ドアを開けたら。そんな日常の小さな好奇心が大いなる冒険への第一歩だ。その一歩が冒険の旅路を紡ぎだす。まぁ、今回は、好奇心は猫をも、というやつだが」


男の、悪意に塗れた言葉が凱の奥底に染み入る。

くだらないはずの言葉に、心を犯される。

犯された心の中から疑問が貌を覗かせる。

【どうして】【なぜ】と犯された心から、それは溢れ出す。


「どうして、こんなこと…」


そう心からの言葉に、足を退けて、凱の背中に勢いよく腰を下ろした男は、懐からタバコとライターを取り出す。

カチッ、カチッと何回かライターの指圧弁を親指で押し下げ煙草に火をつける。

それを中指と人差し指で挟み、思いっきり吸い込んで肺を汚すと、溺れかけて水面に上がったばかりの子供のように必死に空気を吸い込みながら話し始める。


「どうして、こんな事をしたのか……【どうして】ねぇ……。依頼があったんだよ。この教会の持ち主、【拝心教】の司祭様からね。いわく、この近くの村の住民を供物に捧げれば神の御許で繁栄を約束されるらしい。彼らと司祭様は互いに異教徒同士、村の奴らは異教徒であっても完全な排斥をしなかったが、こっちはそうはいかないらしかった。主のお告げだとよ」


なんでこんなことになっちまつまたんだろうなと男は独り言る。


「俺は思ったね。神様って奴の掌はとても小さい。遍く衆生を纏め上げることも出来なけりゃ、救うこともできやしない。そんなもんに縋ってる奴らは救いようがなく滑稽だ」


そう言って吸殻を凱に押し付ける。

凱に投げ掛けられた問に対する答えを探しながら答えてはいるが、それは対話と言うよりは独り言に近い。

納得できる理由を探すように。

丹念に、言い訳を並べ立てるように。


「そんな頭のおかしい誘いに乗ったのは神ってやつに……あぁ。そうだ。神ってやつに御礼文句を言いたかったんだ。こんなクソッタレな世界をどうもありがとうございますってね。ま、とにかく神が御座します、降臨なさいますと司祭様が宣うもんだから、そうなったら面白いと思った。それが理由だな」

「───そうか、それはそれは大層クソみたいな理由だな」


酔狂劇を醒ますような一声が舞台に投げ込まれた。

それは颶風を伴って銀色の軌跡を舞台に描く。

嵐はそのしなやかで流麗な手足で男へ襲い掛かる。


「なんッ!」

「ヒーロー遅れて登場、だぜ」


男と凱との間に立ち塞がったその人は、ノアと妍を競うことが出来るほどに、美しかった。

バイオリンの音のような可憐なる声が、観客にこれは独りよがりで酔狂な悲劇ではなく、救いのある喜劇だということを思い出させる。


「神に代わって救済をもたらそう」


大言壮語だなんだと切り捨てられるようなそんな言葉も、何故かこの人ならば叶えられるという安心感があった。

だから、凱は必死に開けていた目を少しづつ閉じていく。

限界を超えて、それでも奮い立とうとする意志にもう休めと言い聞かせるようにして、凱の後ろから抱き起すように手が添えられる。

あたたかな、慈愛のあふれる手。

まるで、揺り籠の中でまどろんでいるような心地になった。

凱は最後の力を絞り切ってノアの方を見ると、直立した芋虫のような機械にやさしく介抱されていた。

凱を抱き起したであろう人物から、もう大丈夫ですよと声をかけられ、その耳心地のいい言葉に身を任せて。

この唐突で理不尽な悲劇全てが、目を覚ましたら泡沫のように消えますようにと祈って。

神の代行者を語る言葉に安堵を覚え、後ろから添えられた手に身を委ねて凱の意識は暗転する。

けれどもその言葉に、我慢ならないと声を荒げる者もいた。


「こんなくそったれた世界で、救いがあるとでも!?」

「なんだ?世界への復讐か?子供二人を甚振るのが、お前の復讐か?社会への不満があるのなら、こんなところでみみっちく動いてないでお前が神にでもなれよ。それすらできないのなら…」

「【口と目を閉じ耳を塞いで孤独に暮らす】…ね。そんなことできはしないんだよ。内に渦巻くのは醜くどす黒い渇望さ。手近にある楽で怠惰な妥協と、遠い天の彼方にある平等で公平で、勤勉な姿形さえも見えない夢。いつだってほしい時に傍にあるのは、妥協だ。不満があったら自分が変われ?社会の不満を解消するために動け?人間、そんなことできやしない。こんな世界に、ライ麦畑の捕まえ役なんていない。夢を見つけたところで、肯定してくれる大人も、大言壮語な夢を平気で語れる無邪気な子供もいない。育てば気が付く。夢を持てと志高らかに宣う大人たちの【インチキ】に。結局、いいように使い捨てられるんだ。愛も、希望も、夢も、理想も、何もない」

「哀れなもんだな。オマエが嫌悪する大人の一部におまえ自身がなっているだなんて。オマエのその態度が、蛹から羽化する前の子供たちを抑圧して、夢や理想や希望など何もないと挫折させる。絶望したオマエは、絶望させる側に回っているんだ」

「変わらないものは、変わらないままで。それでいい。成長も、何もいらない。蛹は蛹のままで。羽ばたく蝶になって羽を捥がれる必要はない。そうしたら、このインチキ溢れる世界で誰も彼も、絶望しなくて済むのだから」

「ホールデンかよ、オマエは。ちゃんとライ麦畑の捕まえ役になろうとしたのか?妹と遊園地も行ったのか?ん?どうなんだ?絶望して何もかも投げ出す前に、幸せになろうという努力をしたのか?」

「不幸を振りまく側が、よく言うな。なぁ、俺は夢でも見てるのか?人様の夢を踏みにじってきたやつが、夢をもって生きろと言ってくるなんて。今更どの口で夢なんて言ってやがる」

「生憎と俺たちゃアンドロイドなんでな。電気羊の夢しか見ないんだ。ただまぁ、不出来な俺たちから言わせてみれば、人間様オマエは要らない物を持ちすぎだな。復讐の旅路だってのに寄り道が多すぎる」

「……」

「復讐の鬼になるのに、なにか未練でもあるのか?」

「守るべきものは、もう何もない。もう、何も、ない」

「【殺人は癖になる】って話、あるよな?それと同じでオマエは負け犬根性が染みついてるわけだ。妥協する、絶望する、全部楽な道に逃げてるだけだろ。自ら選択した抵抗でもなく、逃避。逃げてるだけだ。全く、時計仕掛けのオレンジだな」

「知ったような口を…」

「俺は実際に目にしていないものは信じない主義だが、それでもここ数年で信じられる出来事がいくつかあってな。人間ってのは多様で、どうしても殺し合うまで分かり合えないやつってのはいるもんだよなぁ?」

「何もないのだから、執着することも、未練も、何もない。ただ、ただ、殺すだけだ」

「何もないくせに、殺そうとする動機はあるのか?」

「何もないから殺すんだ。?」

「あぁ、やっぱり理解ができないな。絶望した故に、そういった行為に走るのは人間的にはあり得る。でも、ここまで執着する理由がわからない。だからこそ、俺たちは殴り合うしかないんだろうな」

「何もなくなったからこそ奪うんだ。そう、お前たちからも…」

「御託は良いから、さっさと来いよ進化猿エリートモンキー。人間賛歌ってやつを教えてやる」

「被造物如きが偉そうにいうじゃんか…!」


意識が朦朧とし、自分という輪郭さえ曖昧な暗闇を凱に聞こえたのは、その言葉が最後だった。


















「ははは、やっぱり第二王女は機械とグルか。好奇心で猫を殺したのは、俺だったわけか。いや、どちらかというと過ぎた欲は身を滅ぼすってやつか?ま、どっちもか。王女に手を出すべきではなかったし、ご高説垂れる前にさっさととんずらすれば良かったな」


男は、ぼろぼろの体を引き摺って歩く。


「そうだ。そうだな…俺には何もない。何もなかった。復讐心すらも、俺という大人が騙る【インチキ】に過ぎなかったか。八つ当たりだ。全部。こんなことが現実なはずがないという現実逃避の一つか。現実という嫌なことから逃げ続けた…時計仕掛けのオレンジ。ふふ、ハハハハ!」


男は、疲れたといって地面に転がる。

そして、笑う。

自らの愚かさを嗤う。

ひとしきり笑って。

男は空を見つめて独り言る。


「さて、どうやって殺そうか」

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