第3-4話 朝日を作ったわけは、浮
ピーヴォの案内もあり、骨人形に感知されない
這いつくばり、素早くダストシュートの
その先は下水に通じており、汚水の端をピーヴォの案内で進み流量の管理所に辿り着く。そこに作られたピーヴォのアジト。彼らはこの社会の効率的運用を妨げる犬達を批判し、人間の社会を打ち立てることを目的としていた。
「私達は戦う。そして、その時は来た」
管理所には簡単なモニタが1つだけ有り、職員は1人。奥に就寝用の簡素な部屋があるだけで、ここに送られた職員は1つか2つの娯楽を持ち込むこと以外許されない。
「ピーヴォさん、ようやくですか」
管理所にいた職員はそう言って彼らを迎えた。
こんな場所の価値などたかが知れている。骨人形や犬たちの監視もほとんどなかったからか、ピーヴォは自身の社会的活動を遂行するためここに
「この工場はかなり雑だ。だから病的な陽がある」
彼が言うには骨人形たちは非常に簡単なプロトコルしか持たず、また警報が鳴ったとしても素早く現場保持と分析が始まるだけだと。
そんな説明や、自身の社会的活動について延々と話しているピーヴォに対してビークは緊張感もなく左手に巻いた包帯を見せ、血が滲んでいた。
「いやー、俺撃たれたんすよ」
骨人形たちはピーヴォの語るものよりは賢く、ダストシュートに向かう時に正確に打ち抜かれた。狙えば殺せるレベルの精度だったが、彼らはそうすることはない。それは人と犬と彼らの間で交わされた手順の一つだからだ。
赤熱した針を射出する骨人形の火器はビークの肉と神経を焼き、彼の手は動かない。だというのに、彼には悲壮感がない。
「やけてるからむりだぞ」「ちかんだちかん」「そろそろかえろう」
鼠はそれについてケタケタと笑い、
2人と3匹は管理所の奥に作られた隠し部屋でそれぞれ傷の治療、食事、腕の交換をしていた。何か意味があるように作られた空洞を流用したものらしく、天井からは水が滴っている。
酷い臭いだ。ビークはそう思ったが、鼠もピーヴォも気にならない。鼠たちはそこも居場所で、ピーヴォは骨人形の体を持っているから。
「ゴミ臭い下水の臭いだ、閉じてもいいか?」
くしゃくしゃとねじれた髪質が壁の亀裂から顔を出す。ビークもよく知るマシィタが血走った眼で睨む。
その視線の先はビークに向けられ、強い敵意がある。それを向けられたビークは狼狽えもせず、
「助かるすね、ライトまで」
とのんびりと告げる。だからかマシィタは感情的にこの亀裂を塞ごうとロッカーを動かそうとするがピーヴォの右手が挙がる。
「待て、通信状況が悪い」
ビークたちは都市に昼前に到着し、2つ目の正午を迎えた。
病的な陽は都市を照らし続け、就寝を定められた住居だけシャッターが下りる。人間は2つに分けられ、どちらかの昼だけ活動を許されている。
「まさか戻って来るとは」
管理をしていたマスィタはビークと知り合いであったが故に配置換えが行われ、こんな場所で住み込みで働かなければならなくなった。
各人の評価によって仕事は変化する。事実上の軟禁状態にあるマスィタはビークを舌打ちと共に迎えた。眠りに入ってからすぐに来たからか、彼の機嫌はどん底だ。
「俺のせいで、申し訳ないすね」
「早く消えな、ああムカつくな。なにが払い落しだ」
ビークに対しては辛辣だった。これまでは適当な仕事と適当な生活が出来ていたにも関わらず、こんな下水に近い場所で外へも出られずに意味のない監視を続けるのは彼のせいなのだから。
「<払い落し>のやり方は私も知っている。それが欲しいなら戦うことだ」
ピーヴォは数か月前に骨人形たちに捕まった。『人間の独裁的扇動の疑い有』と面談を要望されたのに対し反抗したために、今のような姿にされたと簡単に話していた。
「無理すね。太陽中毒が酷いし」
陽の当らない室内であれば問題ない。太陽中毒が生じる理由は分かっておらず、それによって仕事が難しくなった者は病院へ送られる。
そして、その後は配置換えがあり、その姿を見ることはない。
ビークはそれを恐れ、都市を抜け出した。月に1度設けられた都市からの外出が許可される休日にそのまま去ったのだ。
出入りする際に押されるビーグル印が都市にいるものの数を管理されている。ビークの手の甲には何かを剥ぎ落した痕が残っていた。彼は興味なさげにそれをつまむ。
「知っているか。中毒者がどこに行ったか」
「処理されるんじゃないんすか」
ピーヴォは首を振る。彼は予備の腕に交換し、無限トーチを手に持っていた。
病的な陽を保持するために生じたエネルギーの残滓を使って点く火で、
「私はあの陽を利用しようとして失敗した。人間たちは自立が必須だ。このトーチで燃やしてしまおう」
彼は工場を燃やそうとしているが、あまり現実味が帯びていない。
そうしてまたあの長い話を聞かされる。ビークは遮るようにして、
「<払い落し>するには骨人形の製造工場に行かないといけないんすよね」
「そうだ。ここから……」
ごわいん、がきゃ、ごわいん。
管理所のアナログな出入り口は鉄の棒で開かない様に固定されていたが、なにか重いものが叩きつけられる。
「チクショウ、俺もおしまいだ。狙われてたんだよ」
骨人形だ。この都市で追われれば逃げられない。いくら機械的漏洩があったとしてもここに留まる限りは追われ、
ピーヴォは彼らを甘く見ていた。マシィタは部屋に入ってくる。
「戦わなければ、この先の下水道から骨人形の工場へ行ける。私の仲間にも先ほどアタックをかけると連絡しておいた」
早く来い、と鼠3匹を乗せたビークに呼び掛ける。
ごわいん、がきゃ、ごわいん。扉はこちら側に大きく歪み、隙間から骨人形の手が姿を見せる。
ぶち、ばへぇぁん。
その腕からなにかが放たれる。
「急げ! 早く抜けっ!」
打ち込まれた。隠し部屋の出入り口である裂け目を隠そうと棚で塞ごうとしていたマシィタの頭蓋を割った。
こちら側に倒れてくる彼の目に黒い筒が刺さっている。その筒にはビークが見慣れた幾何学模様が描かれ、じわじわと目の中に沈み込んでいる。
ピーヴォは床に取り付けられた雑な取手を引き、下への道を開こうとしている。
「やばいぜあれ」「はやくぬいたほうがいい」「もういいよお」
鼠が囁き、ビークはその筒を抜こうとするが抜けない。
「ダメだ、目が取れちまいます」
「いいから引き抜くんだ! 早くしろ!」
ぶち、ばへぇぁん。もう1発打ち込まれるが、壁面に当たり沈み込んでいく。当てずっぽうに放たれたように見えるが、この物体をビークは知らない。
マシィタは撃たれてから目を見開いて動かない。震えもせず、筒を引っ張っても呻き声すらあげなかった。
「ああ、マジすか。あああッ!」
恐怖を振り払うために声を出す。そうして筒とその中に埋まった眼球。
視神経の先は既になく、少し力を入れるだけで取れる。だからか、ビークはよろけて壁面に体をぶつける。
「うあ、気持ち悪いすね」
黒い筒はゆっくりと動き、眼球を侵食していった。それを見て気色悪げに手放す。
それはそのまま床に転がり、そのままになる。マシィタの片目は無くなっているが、そこから血液が流れ出ている様子はない。
「ようし、先にここへ入れ、そいつは私が背負っていく」
ごわいん、ばきゃぁん、どふ。
扉が破壊される。骨人形は工場であったものとは違い、黒く回転する銃器のようなものを所持していた。そしてまた、不快な電子音を響かせている。
時間をかけて作られたであろうその通路は1人がギリギリ入れる程度に狭く、中は分からない。
「やばいすね、もう逃げるしか」
そんなことを言いながらビークはその中へ消える。少々深さがあるのか、落ちたように消え、
「いてえ」とだけ聞こえた。
「逃げるのではない、ここから戦うのだ」
ぶち、ばへぇぁん。骨人形が前進しつつ何度も撃ち込まれていくなにか。
壁に刺さり、埋まり、当てることを狙っていない射撃。狭い入口から数発入ったが、ピーヴォには当たらず壁に刺さる。
離れろ、と言った後に意識の戻らないマシィタを落とし、腕のライトを照らしながら彼もその中に消えた。
そうして、骨人形たちの射撃も止まる。穴の中からは遠ざかる音だけ聞こえる。
*****
骨人形たちは追わず、その部屋の中で彼らが逃げた穴を観察していた。
部屋の中に3体、外にも数体いるのが見える。
「どうして逃がすのでしょうか」
「この先は非制御領域ですので、
「どうせ奴らは逃げられない。打ち込んでおきましたので」
打ち込まれていない。骨人形たちは床に転がった筒の中に眼球が入っているのを見つけたが、興味なさそうに蹴り飛ばした。
「これはここの職員のものです。『操作』は可能ですか?」
「難しい。侵襲性ですのでここまでの侵食では」
骨人形の1人が閉じるのに使っていた取っ手付きの岩を穴に嵌める。
「この
そういって彼らは部屋から出て行き、後ろから持ってきたホースを部屋に差し込むと灰色の液体を流し込み始めた。
「このルートは埋めておきましょう」
「明らかに流量不足ですね、入り口周辺だけ埋めます」
流し込まれた先ですぐに硬化していく。滑らかな灰色が部屋の床を埋める。
床面のルートが注入された物体で隠された後、骨人形たちはこの管理所に空いていた亀裂を鉄板で覆い、去って行った。
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