第3-1話 朝日を作ったわけ
はてさて。朝日は以下の手順で作られた。
・描写された病的な陽を追い落とす手
・病的な陽を模った枠を8匹でまとめた猫の尾で埋める。
・猫の遊星ギヤ(勿論Cat Industrial Standardsである。)を枠にはめ込む。
「おっと、ここからは秘密だぜ」
猫は男に朝日の作り方を途中まで話して止めた。もったいぶった様に、真剣になって近づけて来た男の顔を前脚で押さえた。
「もったいぶるのはよくない」
「敬語使え敬語。敬えよ~」
あッ、しまった。そんな風なことを呟き、爪の立てられた前脚が顔に当てられる。
男は脚の下で笑顔を見せた。
「いっぅ、てぇ。すみません」
細かいんだよなあ、猫ちゃん。男の独り言は残念ながら猫に届いてしまう。
「……お前、今なんつった?」
ああ、すみません。謝る間もなく男の頬には深々とした爪痕が現れ、血が
「あぁ! いてえ! チクショウ! すんません!」
男は悪態を吐きながら頬を押さえ、作業場の脇に置かれている緑の十字を探した。
ほどなくして、ガーゼを頬に当て透明テープで張り付けた涙目の男が出来上がる。
彼は元から体は細く、不健康そうな肌の白さは猫の下で作業を始めても一向に変わる様子がない。
「
病的な陽から逃げ出した
だから、このやせ細った病的な男、ビークと呼ばれていた。目立つのは
ビークにとってその常識と世界が絶対的なものであったために、それが辛く苦しいものと気付いて嫌になった。
「いてえです。それはそうと、今日は何すればいんですか」
人は自由ではない。彼等が言う自由とは幻。
そんなビークを遭難から救ったのは目の前にいる猫。
「そこに置いてあるヤツをちょっと、ま、お使いさ」
人のいない場所へ、病的な陽から逃れるように<肉食獣の呼ぶ自然>が管理する地区へ向かった彼は、奇跡的に喰われずに生き延びたのだ。
だから作業場で彼は今日も猫の仕事を手伝っている。
『俺のコトは、
その猫は自称する、偉大なる建築家または芸術家だと。
人はヒトが迷い込んだ病的な太陽の下で自身を幸福と偽り、星の声に
ビークがこの
そこに見えた愛らしい脚。犬とは違う、静かな肉食動物の気配。ああ、俺は惨めにも喰われて内臓をまき散らして死ぬ。そう思ったビークが顔を上げると、無表情で尊大な雰囲気すら醸し出すかに見える猫が口を開く。
「俺の偉大な所ってのはさ」猫は続ける。
「こうやって助手を見つけられることなんだよね」
襲われる。そう思っていたビークの目の前にいるのは体長五十センチほどのイエネコだ。種類は分からない、灰と白のまだらをしている。
ビークは安堵するも、猫は表情を変えない。
「俺んとこ、来るか。それとも、喰われる?」
彼は、器用にも様々な工具をリヤカーで牽いていた。
そうこうしてビークは今、
折に触れて彼は何のためにこれをするのかを聞く。
そうやって少しずつ仕事を覚えてきた。
「ようやく、簡単なことならわかるか」
「色々、こっちとは違うんですね」
逃れて来る前に指示された機械の組み上げを仕事にしていたビークは、似たような仕事だと軽く思っていたが何もかもが初めてで困惑ばかりだった。
そんな彼が三月も過ぎて、ようやく慣れて偉大なる芸術家のサポートが曲がりなりにも出来るようになったのだ。
「早く、朝日を作ってやらねえと」
今日は機嫌が良かったからか、猫は上に挙げた三つの手順を教える。それでも、まだビークはその理由が分からない。
「それで今日はな、CISの認可を受けた手を<払い落し>して欲しいんだよ」
骨人形は犬たちによって作られ、病的な陽の下で駆け回る為に必要だった。正常な陽、朝日を迎えるには骨人形を変質させ、病的な陽の機能を消失させる必要があった。
そのために<追い落とす手>を作らなければいけない。
「うわ、猫産業規格。あそこの書類審査、どうにかなりませんか?」
思う所があるビークは忌々し気にその鋳造の手を持つ。ニクロム製の金属は灰色を作業等で光らせ、何かの機械が埋まっているのか、腕の付け根から幾つかケーブルが出ている。
「役所仕事は分からねえ、とにかく<払い落し>だ」
そうして、偉大な猫は朝日を作りながら、ビークに病的な陽の機能消失を指示した。勿論、何も知らない彼に様々なことを教える必要があったものの、今のところその計画は無事に為されていた。
「<払い落し>って、あの骨人形たちに教わらないといけないんですよね、うわあ辞めてえけど辞められねえですね」
ビークは嫌な顔をしているが、彼には行くところがない。辞められない。
それに人間であれば、骨人形は丁寧な態度を取る。猫の気配や臭いがした時、どうなるかは分からない。
「CISの文字は消してあるし、作ったのは人間だから安心しろ」
払い落し。と呼ばれる行為は<追い落とす手>を作るのに必要だった。
けれども病的な陽の整備をするにはその手が必要になる。骨人形たちは皆、その手を持っている。その犬と人の世界の標準で作られたものだから、本来の役割である
だから<追い落とす手>を作らなければならない。
ただ、猫は払い落しについてよく知らない。面倒くさそうに自分の作業に戻ろうとするが、ビークがじっと見ている。
「ん~、骨人形なら知ってるぜ、きっと。落とすなよ」
猫は先んじてそう断りを入れた。骨人形なら、ビークは良く知っている。同じ場所で働いていたからだ。
けれども彼はむつかしい顔をして、鋳造の手をくるくると回す。ケーブルは青と黄色で、骨と血管のように太くしっかりとしている。
「人間だろうし簡単だろ、オレの素敵な匂いだけは消していけよ」
骨人形は人間と敵対していない。哀れにも犬と病的な陽を維持するのは両者の仕事だ。ビークもその一部を任されていた。
「はーい。骨人形に聞いて、加工して貰えればいいんですよね、了解です」
「わかりました、だろうよ」
あっと、そうだ。敬語、敬語。ビークは小声で言い聞かせる。
そんな調子でビークは手を持って、骨人形にお願いすべく猫の作業場を後にする。
「行く前に床の血! 拭いていけよ!」
いいや、後にしたかったがビークは掃除用具を持って、作業場を掃除しなければいけない。自分でやったことは自分で始末をつける。
それが、この猫の作業場でのルールだ。
頼りない様子のビークを見ていると、偉大なる
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