猫小説

第1話 奪われた朝日

 朝日が奪われた。コーギーは常に優秀な狩りをする。狙われたのは暖炉脇のじゃが芋だったのだが、そんな物よりもとっておきの朝日に眩んだ彼等は以下のような手順を行使して、朝日を盗み出したのだった。

 ・お気に入りの骨人形を作る

 ・朝日は遊星ギヤを駆動させる

 ・餌皿をピニオン1と差し替える

 ・猫払い(朝日の護り手)

 ・焚骨

 ・骨人形は焼け爛れた体で朝日を掴む

 ・終われた羊(又は追われる)を暖炉へ

 ・餌皿によって飛び出すピニオン3を認め

 ・加速するピニオン2を羊毛で受け止めろ

 ・粉骨の間から朝日を咥え去れ

「骨じゃ歯が立たないねぇ」とは猫の言葉。守られたのは暖炉脇のじゃが芋だけ。もう芽が出て美味しくなさそうだ。

 日が消えた家の中は薄暗く寒い。盗まれたのは猫の責任で、けれども彼自身に責任はないようにテーブルの上で欠伸をしている。

「見つけてくれないと出て行っちまうさ」

 守れなかったにも関わらず猫は呆れ顔だ。コーギーを捜さなければ。彼は猫の遊び相手なんだ。だから、彼から朝日を取り戻し、またいつものからかい遊びが出来るように取り計らわなければならない。

 幸いにも朝日は必ず昇る。コーヒーの湯気の間から。

 目覚ましの塩コーヒーはいつもまずい。塩を入れなければ、と去っていた人もいたが、これがなければ一日は始まらない。

 朝日の浮いている先は山の中で光り、麓から大量の山羊が見える。ヤギではなく、やまひつじ。もこもことしている。わっと逃げ出たのがこちらからでもよく見えた。

「さっさと済ませちまおうぜ」

 なんだかんだ言っても猫はついて来る。護り手としての役割をやっぱり気にしていたのだ。

 だから彼と一緒に日の消えた小屋から出ていって、目の前の朝日が漏れ出した山に向かう。そこにコーギーがいるのは明白で、道に彼の足跡がしっかりと残っている。

「あーあー、やっぱり犬ってやつは」

 猫は呆れて肩に乗ってくる。爪が食い込み痛い。

「悪ぃな、同じ視線で見てぇんだ」

 後で絆創膏を貼っておかないと。猫のお陰でいつも生傷が絶えない。朝日はずっと山中で輝き、何か機械的な音が聞こえている。ヒューンと高いギヤの鳴らす音だ。

「俺がちゃんと整備してやれりゃ、こうはならねぇ」

 猫は護り手だから山中にあるものが何かを知っている。

、、、

 山中に入ればすぐに朝日は見つかった。家からずっと真っすぐ歩き、猫の気ままな言葉を聞き流し、目の前には縦横無尽に機械が横たわり、稼働していた。

「人様の犬じゃこんなもんよ」

 ぐらりぐらり。むき出しになったギヤが回転をして、半分だけのケースは不安定な左右振動を繰り返している。出来の悪い機械だから、猫の冷笑がある。

 けれどもお前も雑種だろ、と言えば鼻を鳴らし「今でも人の赤子を連れて喰うことも出来るんだぜ?」と脚に柔らかな毛を擦り付ける。

 そこで見つけたコーギーはピニオンであり、噛み付き、回る。更にその先に作動ギヤが連なり、朝日の奥の方に見えた小さな夕焼けに繋がる駆動装置とそこにとりついたギヤの代わりのジャンガリアンが回る。木兎が回る。

 動物惑星系がそこに生じた。ギヤが連なり、動物が連なり、山中から伸び、地を這い、回る螺旋構造はd.n.aのようで、縦横無尽に横たわり回り、巻き込む地球人。

 山中は機械で、それらは空にも伸びて、崩れ落ちそうな真鍮製の回転体がふらついているのが見えた。

 のたうち回る三角形のような全体像で、その中央から太いワイヤーが地面に打ち込まれていた。

「俺の背を開けって、コイツをバラさなきゃならねえ」

 いつのまにか猫は移動している。木の上から語りかけられた。護り手の役割を果たそうとしている。そのように見える。

 だから手が届かないと言えばすぐに足元に戻り、猫の背を開くことが出来た。なんだかんだ協力的なのなと言えば「よせやい」と一鳴き。彼は照れ屋なのだ。

 一方猫背には無限のtoolboxがあり、猫ラチェットに18を嵌めた。それは周回遅れの青春。回るギヤ、根付いた鋼鉄フレーム。

 猫の言う通りにバラせば、きっと何とかなる。彼は護り手なのだから。

「そことその裏側、確か20か30ほど抜けばバラせる筈だ」

 気を付けてくれよ、間違ったの外せば崩れてこっちが死んじまう。と、猫の指示に従い間違いなくボルトを一本、また一本と抜いていく。

 頭には猫印。この動物螺旋機構を作ったのはどうやら彼らしい。「んなにぁふなあ……懐かしいぜ」などとぶつくさ言っている。

 もちろんかなり固く締められたものもあって、全く動かないものもある。何度力を掛けてもびくともしないのだ。

「おいおい、こんなのも外せねえのか?」

 けれども手間取ると猫は手を貸してくれる。器用に猫玄翁でボルト頭を殴り、さらりと猫メガネで外してしまった。

 続けて外していく。動物螺旋機構は怪しげな歪音を鳴らし、中の動物たちの回転が早まっていく。朝日も夕陽も等しく光を強め、蜃気楼が生じる。

「ナメてるぜ」力が掛からなくなった頭に猫の毛を挟んでボルトを外す。猫ボルトは次第に姿を消し、頭は三葉虫、山を這い回るカブトガニなどが描かれ、ボルトは古代に固着されていると分かる。

「おっと、それ回しちまったか」

 ばきり、頭が折れる。固着してサビ切った時代のボルトだけが取れず、むきになって折ってしまった。なんでも力を入れればいいものでもない。猫はいつも試し、失敗を見ればあきれ顔だ。

「そりゃあお前、人間の時代が抜けちまったら困るだろ」

 確かにそうだ。ただ、今はその限りでもない。滅茶苦茶な軋みと歪みを携えてもなおも回り続ける動物螺旋機構。この機械の用途は世界を地切ること。

「世界に杭打って、世界を地切るんだぜ? 笑えるだろ」猫はいつもの無表情だ。

 涙が滲む。泣く。引き絞られたワイヤーは切れる寸前で動物ギヤは世界を地切ろうと無駄な仕事をしていた。その連なりもワイヤーのように複雑に絡み合い「まあ……ヨシ! とするか」猫の背は閉じ、鋼鉄フレームは不快な音を響かせる。

「これは壊しちまうしかないからな」

 護ることは壊すことに等しい。だから猫は護り手の資格がある。犬とは逆方向からやってくる。子をさらう猫。

 バラバラのまま、整わず流される青春だ。だから壊れる。世界は地切れない。

 カキ! パシュ! キャァァアンと不安な音を上げて回転は止まる。駆動部品をバラさずとも、補強部品をバラせば地切れない。そして機械は不釣り合いで壊れる。

「シンプルだろ、ヤるかヤらないか」猫は下卑た声で笑う。

 お前に不安はないのか。今にも動物惑星系の螺旋機械は弾け飛びそうで、ワイヤーも切れる一歩手前だ。猫は距離を取るように示す。

「お前、猫をなんだと思ってるんだ。不安って名付けたろう」

 パァァン! 世界は始まった。

 崩れ、朝日が山を転がっていく。ギヤから外れたコーギーはショボくれる。

「come in」「fuck off」「I'm home」彼等は顔を見合わせ、唾を吐いて三様に去る。

「ばーか。」猫は笑う。d.n.aは瓦解し、陽が散らばる。犬の浅知恵である。

「holy crap.」悪態を吐くコーギーは猫に笑われてももう気にならない。だって朝日を盗めなかった。もう転げ落ちて見えない。そして回り続けた動物たちにそれを追う体力はもうなかった。

「多分骨だぜ」猫玄翁を取り出す。骨なら粉骨に出来る。朝日は護られる。

「I see. seeking holiday.」休み、三位一体のピニオンを求めていた理由だ。猫は山を駆ける。コーギーは穴を掘る。

「チョイ待ち。なあ、朝日を護る理由知ってんのか?」返答を待たず続ける「暖かいからだ」暖かい体は全て猫のもの。そのお陰でオレらは回る。I HATE YOU.コーギーと猫は今や犬猿の仲、犬猫の仲。猿は逃げちまった。

「おいも自分で回れるで」

 ジャンガリアンがコーギーの中で笑顔を見せる。偽物もいる。

 用を終えた猫は去り、朝日を取り返しに向かった。残されたコーギーもジャンガリアンも肩を闊歩するハエトリも、オレらは回ると。ピニオンはもうない。遊星はもう鋼鉄フレームと共にバラバラだ。オイルが流れ、オレらを汚していく。「ナアクレヨー」ハエトリが抗議とばかりに頰に取り付いて回る。こそばゆい。

 HOLA! 現れた首吊り未満。擦り切れた縄を首に下げ、二足歩行を忘れた。彫られた肌は三葉虫とカブトガニ。この鋼鉄フレームの作者さんだ。「種の再生産がしたかった」この構造体、d.n.aのような動物ギヤが生き物を変えるという。

 猫は作者の言う通り作ったから、護り手として責任があったのだ。

「fuck off!!!」コーギーは吠える。作者が四足歩行だからだ。作者は続けた。

「忌々しい猫め、またジブン、死いいすか」首の縄を引っ張っても締まらない。四足歩行だからどこかに掛けることも、縛りつけることも出来ない。

「おいのこと、見てや」ジャンガリアンはコーギーから飛び降り、オイルまみれで誇らしげだ。

 辺りは廃材と化した鋼鉄、種々の金属、オイル、ガラクタの山。山の中の山。

 帰ろう。朝日もない。きっと猫はふらりと戻ってくるから、自宅で塩コーヒーの残りを飲まなくっちゃ。

「いいすか?」伸びすぎた髪、青白い肌、顔を体もどちらかわからない。作者はもう作るものがないと後をついてくる。

「fuck off」吠えるコーギー、頰を這い回るハエトリ、おいも自慢げなげっ歯はポケットに入り込み、オイル塗れにする。

 鋼鉄以外裸になった山道を下った先、所在無さげに存在する家に帰ろう。

 帰ろう。じゃが芋と残り火が待っている。

 朝日はもう手の届かない場所でオレらを照らし猫は「本来はこうなるもんだぜ?」と猫シャープナーを掲げているはずだ。

 遊星ギヤは実のところ空にはないのだ。

 だから、コーギーの優秀な狩りは最終的な目的へと至らなかった。

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