終焉の蒸気城

Wassy

真夜中の逃走

 静かな夜の街中に甲高い排気音が響き渡る。

家々の隙間を純白の蒸気式浮遊バイクプロヴェーダが風の様に疾走していく。

狂暴なまでの暴風にさらされて、長い金色の髪が彗星の尾の様に後ろに流れている。

白いプロヴェーダを駆るのはおよそこの暗い裏路地に似つかわしくない海の様な蒼い瞳をした美しい女性だ。

何か火急の事態で飛び出してきたのか、白いワンピースの寝間着姿に恐らく部屋履きであろうサンダルを履いている。

春先の夜の冷たい風に削られて、彼女の白い頬はうっすらと赤く染まり、吐く息は白い霧になっている。

ごうごうと吹きすさぶ風の音に交じって明らかに異質な排気音が彼女の耳に飛び込んできた。

一心不乱に猛進していた彼女はちらりと後方を振り返り、苦々しい表情を見せる。


追跡者だ。


彼女のあとを追って2台の黒いプロヴェーダが嵐の様に荒々しく迫ってきていた。

その背中にまたがる者たちは、黒い制服の上に薄い革製の胸当てと肩当てをつけ、革製のヘルメットに暗視も可能な多機能ゴーグルをつけていた。

これはこの国の正規軍、その中でも特に歴史の影で暗躍する様な特殊任務を旨とする兵士たちの正装であった。

白いプロヴェーダはうなりを上げてなお一層滑る様に裏路地を疾走していく。

その姿は流れる川の水の様に滑らかで美しく。

それだけで彼女が只者ではないことがうかがい知れるほどだ。

それでも、軍用のプロヴェーダとではそもそものスペックが違うのか、黒い影ははじりじりと彼女を追い詰めつつあった。

不意に彼女の視界が開ける。

あたりは先ほどまでの暗い雰囲気とは打って変わって道幅の広いきれいに舗装された道に出た。

整然と立ち並ぶ街灯が道を優しく照らし、明らかに高級そうな住宅がずらりと並んでいる。

彼女は悔しそうに下唇を噛んだ。

しまった。第1区に出てしまった。

ここは貴族や有力商人の様な富豪が住む町できれいに区画整理されており、ほとんどの道が直線的に走っている。

これでは運転の技術よりもマシンの性能が如実に出てしまう。

このままでは追いつかれる。

彼女の額を冷たい汗が流れる。


考えろ、この局面を乗り切る方法がかならずあるはずだ。

考えろ。


無慈悲にも黒い追手達はものすごい勢いで彼女方に迫っていく。

もう彼女に静止を求める追手達の怒鳴り声が彼女の耳に届くほどには追手達がせまっていた。

彼女が現状を打破する考えに全精力を込めようとした瞬間、視界の中に黒い影が飛び込んできた。

その影はとある高級住宅の二階からロープの様なものにぶら下がって飛び降りて、道のど真ん中に見事に着地してみせた。


ぶつかる。


彼女の脳裏にその言葉が浮かぶより前に、体が反射的にブレーキをかけ、車体を大きく横に向ける。

追手達は何が起きたのかわからずに、白いプロヴェーダを躱すように2手に分かれて彼女を猛スピードで追いこしていった。

彼女は必至にプロヴェーダを止めようとしているが、限界ぎりぎりまでスピードを上げていたために横スライドしながらぐんぐん影の方に向かって進んでいく。


ダメだ。止まらない。

このままでは本当にぶつかる。


そう思った瞬間、黒い影は全身から勢いよく蒸気を吹き出し、ものすごい瞬発力で跳躍し、くるくると宙返りをしながら彼女の頭上を通り越してもう一度見事に地面に着地して見せた。

元々影のいた場所から1メートルほど進んでやっとのことで止まることができた彼女はあまりに突然の事態に焦りとパニックで大きく肩で息をしながらまじまじとその影をその影を見つめてた。

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