第17話 お誘い

 一足早く神社に着いた空那は、スマホの電源を入れ、優花からのメッセージを見る。


『空那!日曜日空いてる?祭り行こ!』


 久しぶりの優花からの誘いだったが、断った。塾やら何やらでなかなか遊べていない優花と祭りに行きたい気持ちは大いにあるが、今は伊藤のほうを解決するのが先決である。スマホを青い朝顔がプリントされたかご巾着に仕舞うと、紫色の帯を締め直し、気合いを入れる。

 ちなみに今日は、白地に、かご巾着と同じ青い朝顔がプリントされた浴衣を着ている。伊藤と行くことを知った透也が執拗に浴衣を勧めてきたためだ。


「津田!ごめん、待った?」


「ううん、大丈夫」


 緊張しているのか、こんなカップルらしい定番のやり取りを交わしたことにも気づかない。


「行こっか。なんか食べたいものとかある?」


「食べたいもの・・・。あ、綿菓子食べたい」


 そう言って、綿菓子の屋台に並ぶ。


「色付きのもあるんだ。津田はどれにすんの?」


 白、ピンク、水色、レインボーと書かれた品書きを見て、伊藤が聞く。しかし、空那はなにかに夢中なようで返事をしない。


「津田?何見てんの?」


 伊藤が肩を叩くと、空那ははっとして伊藤のほうを向いた。


「ねえ、伊藤はあれ食べたことある?」


 空那がひとつの屋台を指さして言う。


「あれ?ああ、チーズハットグ、だったっけ?あるよ。2回くらい」


「どんなのだった?おいしい?」


 空那が食い気味に聞く。


「うん。おいしかったよ。サクサクしてるし、チーズも俺好きだし」


「そっかー。じゃあ、後で買おっかな」


「じゃあ俺も買う」


 綿菓子は定番の白を買った。小さいサイズを買ったのですぐに食べ終えた。ちなみに空那は、綿菓子はちぎって食べる派である。

 綿菓子を食べ終えると、すぐにチーズハットグの屋台に向かい、1人1本ずつ買った。


「んっ、めっまもいう(訳:めっちゃ伸びる)」


「食べるの初めて?」


 空那が頷く。チーズをなんとか切ると、またなにかを見つけた。


「ねえ、タピオカ飲んだことある?」


「いや、タピオカはない。津田は?」


「私もない。おいしいのかな?」


「さあ。なんかおいしいとこはおいしいけどそうでもないとこは別にとか言ってるの聞いたことある」


「そっか。じゃあせっかくなら屋台じゃなくて人気のお店に行った方がいいのかな」


「かもな。新宮とかに聞いてみたら?鈴木がよく一緒に行くって言ってたし」


「そーなんだ。また聞いてみよっと」


 お祭りの雰囲気に飲まれてテンションが上がった空那は、その後も特に意識することなく伊藤と他愛のない会話をしながら、射的だの輪投げだの焼き鳥だのりんご飴だのと目一杯お祭りを楽しんだ。


「見える?」


「うん、頭の間からなんとか」


「もうちょい早くから場所取りしてれば良かったかな」


「大丈夫。見えるし。あ、始まった」


 花火も終盤に差し掛かった頃のことだった。伊藤がふとこう言ったのだ。


「あのさ」


「何?」


「その、俺と付き合うことがさ、なんていうか、不本意だったりとかしない?」


「え?どしたの?急に」


 空那が驚いて伊藤のほうを見るが、伊藤は空那のほうを見ずに続ける。


「今更なんだけど、付き合うことになったときさ、なんかよく分からない感じだったじゃん。だから、別に付き合いたくないのにタイミングがなくて言えてないとかじゃないかなって思って」


「だから、その、、」と伊藤が口ごもる。


「伊藤はさ」


 空那が口を開いた。


「伊藤は、私と付き合ってるの不本意?」


「えっ、いや、俺は、、、」


 突然の質問に驚いたのか、伊藤は少し黙ると、空那のほうを向き、意を決したように口を開いた。


「全然不本意じゃないよ。俺、津田のこと好きだもん」


「え?」


 空那が豆鉄砲を食らったような顔をする。


「え?って。好きじゃなかったら『付き合う?』なんて言わんし」


「いや、あのときは話の流れからして冗談かと」


「じゃあ、津田は俺とは付き合ってるのは不本意?別れたい?」


 空那が目を逸らす。


「俺は津田のこと好きだよ。別れたくもない。でも、もし津田が嫌だって言うなら別れるよ」


「不本意だって言ったら、私のこと、諦めるってこと?」


「ううん。好きになってもらえるように頑張るってこと」


「そんな歯の浮くようなセリフ、よく平然と言えるね」


「ほんとのことだから。津田は?別れたい?」


「私は、、付き合うことになったとき、ほんとに付き合うのかよく分からなくて、モヤモヤしてて、で、二人で出かけたりしてから、ほんとに付き合うことになったんだなって思って、でもそれもぼんやりで。ただ、付き合うことになってから、今まで通り喋ることとかも減って、それは寂しいなって、思ってた」


 伊藤は黙って頷いている。


「でも、もし今別れたところで、きっと気まずくなるだろうし、伊藤が今まで通り接してくれたとしても私が気にしちゃうと思う。それに」


「それに?」


 伊藤のほうをちらっと見て、またさっと目を逸らし、終わりが近づいて華やかさが増した花火に目をやる。


「やっぱり伊藤といるのは楽しいなって思ったし」


 勢いにまかせたのか、やや『な』と『し』を強調して空那が言う。


「あ、ほら、花火もう終わりそうだよ。せっかくなんだから見よっ」


 この話を続けさせてたまるかと言わんばかりに、「わぁ、綺麗」などと花火に夢中なふりをする。


『ヒュルルルルル ドン!!!!』


 最後の花火が打ち上がった。


「綺麗だったね、花火」


「そうだね。来年も…いや、なんでもない」


「来年も、一緒に来ようね」


「…!うん、ありがと」


 駅に向かって歩き出す。


『ヒュルルルル ドン!!』


 まだ終わっていなかった花火が照らした二人の影は、繋がっていたとも繋がっていなかったとも分からないような薄いものだったが、その距離は確かに縮まっていた。


「今度、一緒にタピオカ飲みに行く?」


「行く!」


「じゃあ、楽しみにしてる」


「私も。おすすめのお店聞いておこっと」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る