第28話

「それにしても……見れば見るほど俺のところのダンジョンとは雰囲気が違うなぁ」


 俺は周囲を警戒しつつ、同時に周りの風景を眺めながらそう零す。

 まず、このダンジョンには名前がない。

 というより、俺の庭にある【成長する迷宮】以外、もしかしたら名前がない、または不明なんじゃないだろうか?

 なんせホームページにはE級ダンジョンとしか書かれてなかったからだ。

 確認しようにも、俺はこのダンジョンの管理者でもないので、どうすることもできない。

 周りを見渡して【鑑定】してみたところで、表示されるのはダンジョン名ではなく、壁や床の素材なんかが鑑定されるだけなのである。


「あの入り口の渦を【鑑定】したら……って、こんな単純なことを考えてないわけがないか」


 別にユニークスキルでもない【鑑定】は、所有者こそ少ないようだが、決していないワケではない。

 そんな人たちがダンジョンなんていう未知のものに対し、【鑑定】を使わないわけがないのだ。

 他にも、常に【高性能マップ】を展開しながら進んでいるのだが、罠のようなものが感じられない。

 【成長する迷宮】はその名の通り迷宮だからこそ、罠があっても不思議じゃなかったが、確かにこんな自然洞窟のような場所に罠が仕掛けられてても変な感じはするよな。とはいえ、本当に罠がないのかどうかは最後まで分からないので、気は抜けない。

 そんな感じで進んでいくと、ふと道の先が仄かに光っていることに気付いた。


「なんだ?」


 その光は一つだけでなく、まるで蛍のようにいくつもの黄色い光が点滅しながら飛んでいた。

 しかし、【高性能マップ】には特に変化はないので、魔物や敵性生物ではないと思うんだが……。

 一応警戒しながら近づいていくと、その光の正体にたどり着いた。


「これ……蛍、か……?」


 そこで飛んでいたのは、まさに蛍のような、光を発生させる小さな虫たちだった。

 俺はふわりと飛んできた虫をそっと手に乗せてみると、その虫は特に警戒した様子もなく、そのまま手にとまる。

 ……今俺は無警戒に触ったけど、本来ならもっと慎重になるべきだったな。

 称号のおかげで毒とか、そういったものは特に効かないけど、実はメチャクチャ凶暴で指を食いちぎってくる可能性もあったわけだし。

 自分の迂闊さを反省しつつ、俺は手の上の虫を【鑑定】してみた。


閃光虫せんこうちゅう】……体全体が常に発光している虫。この光りで同じ閃光虫同士で意思疎通をしている。普段はその光を小さく、大きくと点滅を繰り返しているが、天敵に襲われた際、閃光のような激しい光を放ち、しばらくの間発光することができなくなる。その光を直視すると、最悪の場合失明する。非常に大人しく、人間が飼いならし、操ることが可能な虫の一種。


「何だ、この某ハンティングゲームに登場してそうな生き物は……」


 思わずそうツッコんでしまったが、どうやら人間が飼うことのできる虫らしい。というより、操れると。

 どう操ればいいのかちょっと分からないが、少し興味はある。予想ではあるが、スキルにそういうものがあるんだろうな。

 それこそあの有名な狩猟ゲームみたいに、この虫を調合だか何だかして生み出すアイテムがあるのかもしれない。そういやホームページで武器や防具は見たけど、アイテム類は見てなかったなぁ。多分あそこにこの虫を使ったりしたアイテムがあるんだろう。

 手にとまっていた虫を優しく逃がしてやると、ふと足元に草が生えていることに気付いた。

 普通、草が生えているからなんだと思われるかもしれないが、【成長する迷宮】内では植物類は一切見ていない。

 なので、この草も閃光虫のようにダンジョン特有の物なのかも……そう思いながら、早速【鑑定】してみた。


【日陰草】……洞窟など、日光の届かない場所に植生する植物。葉そのものが常にひんやりとしており、火傷に効果がある。使用する際は傷口に葉をすり潰したものを塗布する。


 思った通り、これもまたダンジョン特有の植物で合っていたみたいだ。


「なるほどなぁ。ダンジョンってのは魔晶石や魔物のドロップアイテムだけじゃなく、周囲のモノすべてが何かに使える可能性があるわけだ」


 落ちている石ころ一つにしたって、俺たちからすると未知の素材である可能性は高い。

 だが実際は地面にある石すべてを【鑑定】しながら進むのは現実的に厳しいだろうから、気になったものを調べていくって形になるんだろうな。

 日陰草の使用する部位は葉っぱだけっぽいので、何枚か葉っぱを千切って【倉庫】に収納した。神聖魔法で回復できるし、何なら【ショップ】にも火傷を治す薬もあるはずだから、必要になるかは分からないけどさ。万が一何かに使うかもしれないしね。


「でも、この閃光虫は持って帰れないんだよなぁ」


 俺の【倉庫】は生きているものを収納することはできない。

 なので、ここに飛んでいる閃光虫たちを運ぶ手段がなかった。


「特に虫かごとか用意しているわけでもないし、何なら扱いもよく分かんない……迂闊に刺激して、失明したらシャレにならんもんな」


 そんな虫を無警戒に触っていたという事実に、俺は再び反省する。本当に気を付けよう。


「残念だけど、こういった虫を回収するための方法をちゃんと調べてから、また回収することにしよう」


 少し名残惜しさを感じつつ、俺はさらに先に進んでいくのだった。

 その後も何度かDバットだけでなく、ゴブリンなんかと遭遇したものの、残念ながら魔石は落ちない。

 その代わり、Dバットからは音波石以外で【迷宮蝙蝠の翼膜】と【迷宮蝙蝠の牙】を手に入れていた。まあ現状俺には使い道がないので、売り払うくらいしかできないんだけどさ。

 ソウガたちがいなくとも、やはり今の俺にはE級ダンジョンはかなり軽いようで、一時間もしないうちに最奥……つまり、ボスの部屋の前までたどり着いてしまった。


「やっぱり誰とも出会わなかったなぁ」


 ここに来るまでの間、他の冒険者を見かけなかったことからも、この場所には俺しかいないのだろう。

 それならソウガたちを召喚してもいい気はするが、せっかくだ、このまま一人でクリアしてしまいたい。


「さて、ボスはいるんだろうか……」


 一番気になるところはそこなので、今一度気を引き締めてボスの部屋の中に入る。

 すると、そこに一体の魔物が存在していた。


「お、ボスいるじゃん!」


 この部屋がボスのいる場所なのは間違いないと思うので、この場にいる魔物は必然的にここのボスということになる。

 てっきり誰かが討伐したりしてるもんだと思ったので、これはラッキーだ。

 そんなボスの魔物だが、蝙蝠型の魔物で、部屋の天井に一体だけぶら下がっている。

 ただし、Dバットより二回りほど大きく、色も黒い。

 俺は骸骨兵の骨を構えながら【鑑定】した。


【ダーク・バット≪特殊個体≫Lv:2】……ランク:D。弱点:光属性魔法。耐性:闇属性魔法。

説明:ダンジョン内に棲みついた蝙蝠が進化した存在。通常、Dバットは進化するとシャドウ・バットへと進化する中、特異な進化を遂げた存在。Dバットの特徴である超音波による攻撃手段はそのままに、シャドウ・バットのように姿や気配を消し、相手を攻撃するだけでなく、闇属性魔法も操る。


「特殊個体……!」


 まさかここに来て特殊個体と遭遇するとは全く考えてなかったので、俺は驚いた。

 しかも【鑑定】した結果を見るに、闇属性魔法を使ってくるらしい。魔法を使ってくる魔物を相手にするのは初めてだ。

 色々予想外のことが重なり驚いていると、ダーク・バットは翼を広げ、俺に襲い掛かった!


「キキ!」


 ダーク・バットは俺に飛び掛かると同時に、口元に何やら黒いエネルギーの球体を集めると、それを俺に放ってくる。これが闇属性魔法の攻撃なのだろう。

 しかし、レベルは俺の方が高く、ステータスも俺が上回っているようで、ダーク・バットの攻撃は非常に遅く見えた。


「『サンダーボール』!」

「キキ!?」


 相手の攻撃を避けつつ、『サンダーボール』を放つ俺だが、予想以上に相手の動く速度は速く、何と『サンダーボール』を躱してしまった。

 とはいえ、ダーク・バットとしても『サンダーボール』の速度は躱すので精いっぱいらしく、すぐさま反撃してくる様子はない。

 俺の攻撃を避けてから一度体勢を整えると、ダーク・バットは大きく息を吸い込む仕草をした。

 そして――――。


「――――!」

「うっ!?」 


 ダーク・バットの口から、とんでもない音が発せられた!

 その音の威力はすさまじく、俺はつい耳を覆ってしまう。

 これが超音波か……!

 こうして食らってしまったわけだが、音の大きさや高さで攻撃してくるというより、耳を通して頭に直接ダメージを与えてくるような……そんな感じの攻撃だった。

 ただ不思議なことに、思わず耳を覆ってしまったものの、耐えられないというほどでもない。

 もしかすると、ステータスの精神の部分が攻撃を和らげている可能性は高い。

 どうやらダーク・バットは超音波を発している最中はその場から動けないようで、口を開いて攻撃しているところを、俺は『テレポート』を発動させ、一瞬にしてダーク・バットの後ろに回り込む。


「キ!?」


 突然俺が目の前から消えたことで、超音波を消し、俺の姿を探すダーク・バットに対し、俺は保険やスキルレベルを鍛える意味もかねて、『スロー』の魔法を発動させながら殴りかかった。


「『スロー』!」

「キキ!?」


 俺の声に反応し、後ろを振り向きながら避けようとするダーク・バットだったが、その前に発動した『スロー』の効果によってその動きは極めて遅くなり、俺の一撃を避けることができなかった。

 綺麗に俺の上段からの振り下ろしがダーク・バットの脳天に直撃すると、ダーク・バットはヨロヨロと飛び、そのまま地に落ちて消えていく。


『レベルが上がりました』


「よし、勝てたぞ!」


 レベル差は大きかったものの、初めて一人でダンジョンを攻略できたという事実に、俺はガッツポーズをとるのだった。

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