スロー・アドベンチャー(仮)
美紅(蒼)
第1話
――――世界の更新。
地球という星が誕生して以来、更新は度々行われてきた。
それは氷河期の訪れであったり、隕石の衝突であったり。
様々な形で行われ、その度に地球の生物たちは滅び、または栄えた。
そして更新は、まだ終わらない。
人類が想像する、天災や人災などではなく、未知なる形として。
世界が更新されるのには、何か理由が存在する。
環境変化による地球の防衛本能であったり、気まぐれであったり……その理由を、人類が推測するのは不可能だ。
その理由が分かるのは、地球――――【世界】だけ。
神なんてものは存在せず、この世界はただ、数多の【世界】が存在しているだけなのだ。
それでも、人類は何も分からない中、この更新に適応しなければ、生き残る道はない。
ただそれだけのことだった。
誰もが認識できない間に、更新日は近づいている。
――――もう、すぐそこに。
***
俺――――
普通じゃ考えられないような運の良さと、異常な勘の良さ。
宝くじを買えば必ず当たるし、何だか嫌な予感がするとそれは的中する。
他の人からすれば、羨まれるような夢の力かもしれない。
でも俺は、この力が嫌いだった。
……まだ俺が幼い頃、家族全員で出かけることになったが、俺はその時嫌な予感がしていた。
とはいえ、まだ幼い俺は、自分の力を把握できておらず、特に気にしていなかった。
だが、その出かけた先で、俺たちは事故に遭った。
トラックが、正面から突っ込んできたのだ。
運転手は居眠り運転をしており、アクセルは全開。
とても避けることもできず、俺たちの車とトラックは正面衝突した。
しかし、俺は運がよかった。
そんなとんでもないような大事故に遭ったにもかかわらず、俺は無傷。
後遺症の心配どころか、体のどこかを痛めるようなこともなかった。
――――俺の家族は全員死んだが。
俺だけ生き残れたのは確かに運がよかったのだろう。
でも、それが俺の幸せではない。
運が良くても、俺は決して幸せではないのだ。
俺だけ生き残っても、もう家族はいない。
そこから田舎の祖父母に引き取られ、俺は育てられた。
最初こそ、俺はこの力が嫌いだった。
確かに嫌な予感はしていたから、使いこなせていれば結果は変わったかもしれない。
でも、幼い俺がそんな力があることを知っているはずもなく、結果として家族は死んでしまった。
そして、運が良かったから、俺だけ生き残ったのだ。
俺は自分の運の良さを恨んだ。
運が悪ければ、俺も家族と一緒だったのに……と。
とはいえ、せっかく生き残ったものを無駄にするほど俺は図太くも度胸もなく、高校生のころにはある程度折り合いをつけ、今は上手く利用して生きている。
ただ、俺の運の良さを勘づいた連中から、いい金づる扱いされそうになったりしたこともあり、やはり運の良さが俺の幸せに直結するわけではないのだと思った。
そんな俺も無事に大学を卒業することができたのだが、俺はもう人と付き合うのに疲れていた。
自分の力を利用しようとする連中や、勘の良さからそんな人間たちから嫌な予感を最初から感じたりと、まともに人と接するのに疲れたのだ。
別に近づいてくる人間すべてを遠ざけたいわけではない。仲のいい友達だっている。何より、全員が俺の力を利用しようとか、そもそも力に勘づくなんて思ってもいない。
何なら大学時代まではこの勘の良さを利用して、うまく立ち回ってきたが……人の顔色を窺うのに疲れてしまったのだ。
いちいち俺の力を利用しないかどうか、そんなことを気にして生きていくのは辛かった。
だからこそ、俺はまだ二十代にもかかわらず就職もせず、山奥で引きこもることを選んだ。
それは、俺の運の良さを利用し、宝くじやら競馬やらで稼いだお金があるからこそできることだった。
そして、俺は大学卒業後は父方の祖父母が所有していた山を引き継ぎ、そこにキャンプ場のようなものを作り、しばらくはひっそりと暮らそうと決意していた。
***
「今日からここに住むんだなぁ……」
俺は目の前に建てられた立派な家を前に、思わずそう呟く。
二十歳になって、真っ先に宝くじを買った俺は、俺の力もあって、当然のように大金を手に入れると、元々卒業後に山に引きこもろうと考えていたこともあり、所有していた山に家を建てたのだ。
……祖父ちゃんや父さんが生きてた頃は、この山ではタケノコ狩りもしていたし、何ならマツタケも採れた。
でも、祖父ちゃんたちが亡くなってから、山は手入れしてなかったし……今はマツタケを採取するのは厳しいだろう。マツタケってそこら辺が難しいから高いんだよなぁ。
「ま、そこら辺はおいおい確認していくか」
それよりも今日ついに完成したこの家は、山奥にあるとは思えないほど設備が整っているし、自分の所有地だからこそできる露天風呂まで作ったのだ。
ある程度切り拓かれているのもあって、太陽光発電システムも導入しているし、立地こそ考えなければ滅茶苦茶便利な家だ。まあその立地ですべてを台無しにしているけどね。
「隠居する年齢じゃねぇけど、少なくとも一年は人間関係に触れたくないなぁ……」
SNSなどでは繋がってる友達もいるけど、一緒に遊んだりってのも個人的にはしばらく控えたい。
それほどまでに、俺の心は摩耗していた。
幸い俺は、元々インドアな方であり、酒を飲むのもそんなに好きというわけでもないので、友達と飲み会をするのも魅力的には感じられず、引きこもるのはそこまで苦じゃなかった。変な話、ネットさえ使えれば、一年くらい余裕で引きこもれるだろう。
まあ、飽きたら一人旅をしてもいいんだし、一年をゆっくり過ごすのは問題ない。
「さて、家の中で設定しなきゃいけないモノとかは全部済んでるし……」
そう言いながら俺は家の裏に向かった。
山全体が所有地とはいえ、一部はキャンプ場にするつもりだし、俺の家の裏に、小さなスペースを設け、そこで家庭菜園をしようかなと考えていた。
「でも、こんなに草生えてちゃあ何もできねぇよな」
もともと手入れなんてしていない山なので、草は生え放題だ。
しかも、裏庭として使用するとか家を建てるときは決めていなかったので、全く手入れされていない。
まあ一から自分の手で作り上げるのも楽しいだろう。
「今日はこの草を刈って、風呂入って終わりかね? そんで明日は家庭菜園に必要そうなものを揃えてって感じか」
大雑把な計画を立てた後、俺は草刈り機を用意し、電源を入れる。
「じゃあざっくりと草刈るかー」
そして、草刈り機を使って雑草の処理を始めると――――。
「グギィィィィイイイイ!」
「ッ!?」
突然、耳をつんざくような叫び声に、俺は体を硬直させた。
何とか体の硬直が解け、急いで周囲を見渡すと、緑色の皮膚を持つ小人のような存在が目に飛び込んできた。
体長は俺の腰くらいの位置で、子どものようであり、禿頭で耳は異常に尖っている。
鼻は大きく、わし鼻であり、口は大きく裂け、大きな牙が見え隠れし、涎を垂らしていた。
鋭い猛禽類のような金色の瞳は、俺をまっすぐ見ている。
その姿はまるで、物語に出てくるゴブリンの特徴をそのまま持っていた。
そんな生物は俺を見つめ、ニタリと笑う。
「――――」
意味の分からない光景に、俺の思考は止まっていた。
何だ、この生き物は。
どこから出てきた?
頭が真っ白になる俺に対し、目の前のゴブリンのような生物は、手にしているる棍棒を振り回しながら俺に近づいてきた。
「グギャギャギャギャギャ!」
「ひっ!」
目の前の生物から向けられる殺意に、俺は体を竦ませる。
しかし、そんな俺のことなど知らないと言わんばかりに、謎の生物は俺目掛けて棍棒を振り下ろした。
「う、うわあああっ!」
ギリギリのところで正気に返った俺は、無様に転がりながらその攻撃を避けると、目の前の生物はそんな俺を楽しそうに見つめ、馬乗りになろうとしてきた!
なんで、どうして……!
避ける際、手から落としてしまった草刈り機を、俺はほぼ反射的に拾い上げ、馬乗りになろうとする生物目掛けて突き出す。
すると、草刈り機の刃は、俺を殴り殺そうとする目の前の生物の首に吸い込まれた。
「グゲ!?」
だが、草刈り機の刃は謎の生物に傷をつけるまでに至らなかった。
すごい勢いで刃は回転しているにも関わらず、生物の皮膚を傷つけている様子がないのだ。
しかし、俺はそんなことを気にする余裕もなく、手にした草刈り機で勢いよく謎の生物を押し飛ばした。
ただ、その勢いで俺の手から草刈り機が離れてしまう。
「グギャァ……!」
謎の生物は草刈り機によって致命傷などは受けていないようだが、衝撃などはちゃんと受けているようで、苦しそうに首を抑え、悶えている。
そして俺は、目の前の存在を殺さないと自分が殺されると思い、必死に周囲を見渡すと、俺の攻撃によって謎の生物が取り落としたであろう棍棒が目に入った。
俺はその棍棒を反射的に掴むと、悶える生物の頭目掛けて振り下ろした。
「あああああああああ!」
「ガッ!?」
何度も何度も、ただがむしゃらに棍棒を振り下ろす俺。
棍棒を振り下ろすたびに逃れようとする謎の生物に恐怖を感じ、すぐにでも謎の生物を殺すため、俺はさらに手を休めることなく棍棒を振り下ろした。
すると、先ほど草刈り機の刃は傷つけることすらできなかったのに対し、棍棒は容易く謎の生物の頭蓋骨を砕くと、そのまま中身がぐちゃぐちゃになるまで棍棒を振り下ろした。
そして、ついに謎の生物の体が痙攣し、動きを止めたことで俺もようやく攻撃の手を止めた。
「はっ! はっ! はっ!」
荒い息のまま、頭部の潰れた生物を見つめる。
呆然と両手や体を見下ろすと、紫色の体液が体中を濡らしている。これが、今目の前にある生物の血なのだろうか。
つまり、俺は、この生き物を――――。
「お、おええええっ!」
手に伝わった感触を思い出すと、俺はついその場で吐いてしまった。
「な、あ、なん、で……」
意味が分からない。
何が、何が起きている!?
頭が真っ白になる俺の目の前で、さらに信じられないような現象が起きた。
なんと、息絶えたゴブリンらしき死体が、光の粒子となって消えたのだ。
恐ろしくもその神秘的な光景に、思わず見入っていると、不意に目の前に半透明なボードが出現した。
『レベルが上がりました』
「は?」
そのボードには、そんな一言が書かれていた。
立て続けに俺を襲う理解不能の事態に、今すぐにでも俺は思考を放棄したかった。
だが、目の前の半透明なボードは、そんな猶予を与えてくれず、再び別のボードが出現する。
『称号【先駆者】を獲得しました。称号【未知との遭遇】を獲得しました。称号【原初の超越者】を獲得しました』
「なにが……起きて、る……?」
俺はただ、呆然とそのボードを見つめることしかできないのだった。
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