彼女に伝えたい言葉
千石綾子
彼女に伝えたい言葉
久々に帰ってきた故郷で短い夏休みを過ごしていた僕は、砂利の上に座ってカップ酒をちびちび飲んでいた。
隣には幼馴染みの百合子。彼女は缶コーヒーを飲んでいた。
お気に入りらしい白いワンピースが良く似合っている。後ろで束ねた黒い髪は清楚で良い匂いがして。僕はどきどきしながらカップを口に運ぶ。
僕は今日こそ彼女に大事な話をするつもりだ。
彼女はどう思うだろう。拒絶されるのが怖くて僕はなかなか話を切り出すことができない。
今まで何度も話そうとしたけれど、僕は臆病で言い出せなかった。それを言ってしまうと彼女を失ってしまいそうで。もう元には戻れなくなってしまいそうで。
***
毎年僕はここへ帰って来て、百合子と毎日何てことない話をする。話すのは主に昔の話だ。怖かった先生の話、百合子が陸上で県大会に出た時の話。修学旅行で一緒に京都に行った時僕と百合子が二人で迷子になって、後で先生にこっぴどく叱られた話。
あとは共通の友人が今どうしているかの報告。彼女はこの町にUターンして以来ここから出たことがない。だから都会で暮らす皆の様子を聞きたがる。
「真也が結婚したよ。奥さんが美人で驚いちゃったよ」
「真也君が? 流石ぁ。昔から面食いだったものね」
「三奈子は4人目の子供が出来たんだって。この少子化の時代に凄いよな」
「三奈ちゃんは結婚しないでバリバリ働くイメージだったから驚いたわ」
そんな話を交わし僕たちは笑顔になる。そんな日を重ねて、僕は最悪なUターンラッシュの中帰路につき、また平凡な会社勤めに戻るのだ。
僕は両親とは折り合いが悪く、帰って来ても居場所がない。ただこうして百合子と会えるのが楽しみで帰省している。
そして今日も取り留めもない話が終わり、家へと帰る時間になった。
明日でお盆休みが終わる。彼女と話せるのは今年はこれが最後になるだろう。
***
話すべきなのだろうか。僕は逡巡する。言ってしまえば今のこの関係を壊すことになるかもしれない。
このまま何も言わなければ……。
でもそれはズルい事だと分かっている。やはり今日こそ言わなければ。
「ねえ百合。ちょっと聞いてくれるかな」
声が少しかすれた。僕はカップ酒を一口飲む。
百合子は僕の様子に気付き背筋を伸ばした。
「なあに?」
僕は思い切って一気にまくし立てた。
「百合。君はUターンって言ってるけど、あの世から戻ってきて居ついちゃうのはUターンと違うから! 成仏出来てないだけだから!」
彼女は一瞬キョトンとして、すぐに笑顔になった。
「ええ、知ってるわ」
今度は僕がキョトンとする番。
「知ってたんだ……」
百合子がうなずく。
僕は気が抜けて思わずカップ酒を取り落とした。飲みかけの日本酒が百合子の墓の砂利に吸い込まれていく。
伝えるべきことは伝えた。後は彼女次第だ。
「君とこうしてたまに話したいからあっちには帰らないわ」
成仏出来ない彼女を心配しながらも、僕は密かに喜んでいた。
来年もまた来よう。またこうして会えると思えば明日のUターンラッシュなんて怖くない。
了
(お題:Uターン)
彼女に伝えたい言葉 千石綾子 @sengoku1111
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