Re.

夢埜ハイジ

Restart

 麗らかな春の日。教室の窓の外では桜の木々が満開に花を咲かせ、この日めでたく入学した新入生達を祝っているようだった。

 十人十色の表情で生徒達はこの記念すべき日をそれぞれに受け止めている。その多くがこれからの未来の希望に溢れたものだ。少々不安が見え隠れしている者もいるけれど──それも未来への期待の裏返しだろう。

 そんな中、何とも言えないような表情をした生徒が一人、まっすぐに前を見つめていた。

 青年の向いている方向では、このクラスの担任となる先生が今後の説明をしていたが、恐らく彼の見ているものはソレではなかった。彼はきっとこの場所にはない別の何かを見つめていた。

 青年の表情は複雑だった。怒っているような、泣きそうなような、絶妙なものだ。ただその顔がプラスの感情からきているものではないということだけがはっきりと読み取れる。

 

「……おい、お前どうしたんだよ。そんな酷い顔して」

 

 彼の隣に座っていた軽薄そうな──所謂"チャラ男"という言葉がしっくりくる青年がこそこそと小声で心配そうに彼に話しかける。青年はその柄の悪そうな見た目に反して根が善良であった。初対面といえども記念すべき祝いの日にそんな表情を浮かべる彼をほっとくことは出来なかったのだろう。

 

「体調が悪いならオレから先生に言ってやるけど」

「……いや大丈夫だ。問題ない。ただ、ちょっと緊張しちゃってな……」

 

 青年の言葉に彼は笑顔で応える。

 その表情に青年はギョっとした。先程までの哀しみや怒りといった仄暗さは既に消えた。消えた、どころかそんなものは元々なかったのではないか。そんな風に思えてしまう程に彼の笑顔はいっそ不気味なくらいに清々しかった。

 

「そ、そっか……なら、いいけど……」

 

 その爽やかな笑顔が恐ろしくて、青年はそこで彼との会話を止めた。その後、彼はずっと爽やかな笑顔のままだった。初めの表情は何だったのか。あれは自分だけが見た幻覚とでもいうのか。まるで狐にでも化かされたような感覚だ。青年の頬には冷たい汗が伝っていった。

 先生の今後の説明は幾ばくかして終わり、その後は各自自己紹介の時間となった。和気藹々とした雰囲気のまま時間は進み、青年も自分の番を終えて、ついに彼の番になった。

 

 

 

「司馬珠兎しばじゅうとだ、皆よろしく」

 

 

 

 

 

 彼は変わらず笑顔で、簡潔に名前を口にし、続けざまに言った。

 

 

 

 

 

 

「話は変わるが────君達は恋をしたことがあるか?」


 

 

 

 


「俺はあるよ。何回も、何千回も、何万回も」

 

 

 

 

 

 

「……なのになあ、恋人が出来たことは一度もないんだ。何百何千何万のアプローチを、何百何千何万人に試しても…………全然ッ駄目!!俺と心を通わしてくれる人は一度も現れなかった」

 

 

 

 

 

「だから、この高校三年間で俺は恋人を作りたいと思っている。男も女も人種も生態も関係ッない…………俺と心を通わしてくれれば!!俺を愛し、俺に愛されてくれれば!!!」


 

 

 

「……という訳で、皆改めてよろしく。あ、あと、学生の本分は勉学だからな!勿論勉学を怠るつもりもないから先生方は心配なさらないでくれ!」

 

 

 

 

 

 

 ────まるで舞台の上で口上でも読み上げるかのように、堂々と、情感たっぷりに彼はそう言って──そして言いたいことを全て言ってしまうと仰々しくお辞儀をして何事もなかったかのように席に着いた。

 

 

 

 

(マジかよ……)

 

 

 

 

 呆気にとられる生徒達。

 

 

 誰もが皆彼を好奇な目で見つめている。

 

 

 そんな視線に気付いているのか、いないのか、席についた彼は一仕事を終えたかのように今日一番の満ち足りた笑顔を浮かべていた。

 

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