第2話 女ノ助ケ



 女は前日と変わらない姿でそこに立ち、こちらに向け人差し指を突き立てた。


「はい、お一人様ですね。そちらのカウンターへどうぞ。」

 マモルはおばさんの声で、息をハッと取り戻した。


 おばさんは少し悪い顔でマモルのお尻を軽く叩き、おしぼり・皿・メニューを持っていくようにはやし立てた。

 マモルはいつもより慎重にそれらを持ち、女のもとへと向かう。


「いらっしゃいませ。」

(相変わらず綺麗な人だ)

 女はこちらに軽く微笑み、それらを受け取った。


 頬を少しだけ赤らめたマモルはおばさんの近くの定位置へと戻る。


「昨日も来てたよねぇ。マモルくんの大学の友達っていう風には見えないから、、知り合いかい?」


「い、いえ。。ただ少し、、綺麗な人だなぁー・・・って」


「ハッ!バカ言ってないでこれ!4番さん!」


 差し出された中ジョッキのビールを丁寧に受け取る。

 ビールを運び終え、女の方に目をやると女は軽く手をあげた。

 マモルは注文を受ける伝票を準備し、女のもとへと向かう。

 注文をを受け、おばさんへそれを渡しマモルは他のテーブルの片付けへと向かう。


「私、業務スーパーでマヨネーズ買ってくるから。」

 おばさんに後ろから声をかけられマモルはそれに敬礼で応える。


「すいません」


 テーブルの片付けが終わると同時にマモルは、黒髪の女から呼ばれた。

 

「トイレはどちらですか?」

とごく普通の質問を女からされ


「あちらです。」

 マモルは案内し、女は席を立つ。


 同時に女の他にいた残り数組の客達も帰るために席を立ち始めた。

「会計というのは一組が始めると何組も続くものである。」

 というのはマモルの持論だ。


 無難に数組の会計を済ませたマモルは、大将が女の注文を受けて作ったお好み焼きの仕上げに入っている事に気付く。


 まだ女は戻らないのか。

 お好み焼きが出来てしまう。

 だが、ここで女の人のトイレ中に声をかける事はできない。

 セクハラなんて思われたら最悪だ。

 でもでもでもでも・・・

 そんな事を考えながらトイレの方へと目をやった。


 その瞬間 ガシャン!という大きな物音につられて大将の方を振り返る。

 が、そこに大将の姿はない。


 何故だ。

 マモルの頭がフリーズする。


 慌てて厨房に入ると胸を押さえ、苦しむ大将の姿があった。


 マモルは大将に呼びかける。

「う、うぅ・・・」

 いつも仕事中に浮かべる汗とはまた違う部類の汗を額に浮かべている。


 マモルはこのままでは大将の命が危ないと思い、救急車を呼ぼうと店の電話へと手をかけた。


「その必要は無いわ!!」


「へ?」

 と涙混じりの頼り無い声を漏らし見つめた先に女が腕組みで立っていた。

「電話を置きなさい。もう救急車は呼ばなくて大丈夫よ。」

「そんな事言ったて!大将が! うわあ!」

 マモルは女に肩を突き飛ばされる。


 女は大将の傍へと向かい呼吸をしているか確認する素振りを見せる。


「何してるんですか!早くしないと大将が!」

「うるさいガキね!黙りなさい!」

「黙りません!あなたに何と言われ様と僕は救急車を呼びますから!」

 マモルは涙声で叫んだ。

「チッ!聞き分けの無いガキね!もう大丈夫だって言ってるの!だから電話を置いてそこにでも座ってなさい!」

 女は激しく苛立っていた。


「うるさい!あなたに何と言われ様と僕は大将を助けるんだ!」

 マモルは叫び119番を押す。


「こちら119番です。火事ですか?救急ですか?」

 落ち着いた男性の口調を聞きながらマモルは救急であること、住所、自分の名前等を口にする。

 女はこちらを見ながら溜息をついていた。


 マモルは質問に全て答えた後、電話口の男から衝撃の言葉を告げられた。


「既に通報を受けて、救急車が出動していますので、もう少しだけ待っていてください。」


「どう・・いう・・・事です・・か?」


「ですから、そちらのお店から15分程前に119番の通報を頂いております。既に救急車が出動していますので、もう少しだけ待っていてください。」

 マモルは何度説明を受けても理解が出来なかった。


「だから言ったでしょう。」

 女は呆れた様子でマモルを見る。


「でも・・・どうして・・・お客さんが・・」


「余計な事は考えない事ね。」

 女は冷たく、食い気味にマモルの質問を潰す。


「あの・・でも!」


「いい加減に」

 女が苛立ちを吐き出しかけたその時、店の扉が開く


「救急隊員です!通報を受けて参りました!こちらのご主人の小室 孝太郎こうたろう さんはどちらですか!?」


「こっちです。 私が通報しました。」

 女は先程の苛立った様子から一変し、毅然きぜんとした態度で救急隊員を呼ぶ。


 救急隊員は手慣れた様子で、おじさんに応急処置を施し、ストレッチャーに乗せた。


「では、搬送します。どなたか救急車に同乗してください。」


「この子が良いと思います。アルバイトの子みたいですし。」

 女はマモルを救急車に乗せ、マモルは救急隊員に急かされながら一緒に乗り込んだ。


 サイレンの鳴り響く車内の乗り心地は良くない。

 ガタガタと揺れる車内には、救急隊員が慌ただしい様子で動いている。


 大将を呼びながら、マモルは泣いていた。


「おりん」の大将 幸太郎はマモルをゆっくりと見ながら

「心配すんじゃねえよ・・・」

 息を震わせながら答える。


 救急車は約15分で救急病院へと到着した。


 ストレッチャーで奥へと連れて行かれた大将を見ながら、マモルは涙を拭う。


 どれくらい時間が経っただろうか。

 しばらくして、おばさんが病院へと到着した。


「大変だったろう? マモルちゃんありがとうね。」

 おばさんはどこか落ち着いた様子であった。

 どうやらおばさんは救急隊員から、大将が搬送された事や容態は、ある程度聞いていた様だった。


「あのお客さんにもお礼をしないといけないねぇ」


 マモルはハッと思い出す。

(そうだ。あの時、女が通報していたんだ。)


「お、おばさん!あの人が通報してくれたんだよね!?」


「そ、そうみたいだねえ。それがどうしたんだい?」


「じ、実は聞いてその女のひt」


「幸太郎さんのご家族の方はいらっしゃいますか?」

 遠くから看護師が呼びかけた。


 おばさんは反応し、マモルに断りを入れ声の方へと向かった。


 間もなくベットのまま大将が、その横におばさんが歩いてこちらに向かってきた。


「大丈夫だったんですか?」

 マモルは恐る恐る聞く


「今は眠っているけどね。マモルちゃんのおかげで大丈夫だったみたいよ!」

 おばさんはニッコリと笑った。


 マモルは先程までの女の事等忘れ、心から安堵したのであった。

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