第5話 最初の慈善活動

 街の様子をさらっと見回った俺は今、『原初の森』を歩いていた。理由はもちろん、フィールドでの慈善活動のためだ。

 経験者、いや運営として困っている初心者に手を差し伸べるのだ。だが、ここはチュートリアルエリア余程の事情がない限り、他人に助力を求めることも少ないかもしれない。


 現にすれ違う何人かのプレイヤー達に苦い表情はない。ソロでアクロバットな動きをして満足げにしている者、VRの中でイチャイチャとしながらモンスターを倒すカップル、姫プレイ従者プレイを楽しむ奇怪な集団。どのプレイヤーも苦戦している様子は感じられない。


 それにしてもプレイヤーの数が些か少ないな。最近のゲーマーたちは今更チュートリアルなぞ必要ないということか。まぁ、それもそうか。いくら『アニマ』が傑作だとしてもVRを扱ったゲームも既にごまんと発売されているわけだしな。


 とりあえずステータスの確認でもしてみる。目の前に現れる仮想ウィンドウを操作して自身のスキルを閲覧する。


 サクラ丸 メイン職業『僧侶』『薬師』サブ職業『火魔法使い』

 所持スキル

【治癒魔法Lv1】【調合Lv1】【低級火魔法Lv1】

【隠蔽Lv1】【偽造Lv1】


 上3つのスキルはただの職業ごとの初期スキル。特筆する点はない。

 注目すべきなのは下の【隠蔽】と【偽造】だな。この2つはトリアルから授けられるプレイヤー独自のスキルだな。

 通常はプレイヤーの性格、趣味嗜好に合致したスキルを授けられるのだが、トリアルが俺を慮って工作行為に優れたスキルを選んでくれたんだろう。


 ===


【治癒魔法】

 傷や状態異常を治す魔法が扱える。


【調合】

 指定された材料と道具を使うことでポーションや薬草などの調合が出来る。


【低級火魔法】

 威力の低い火魔法を扱える。

 Lv5から【中級火魔法】にランクアップする。


【隠蔽】

 己の残した痕跡を消せる。

 このスキルを有しているプレイヤーの追跡は困難になる。


【偽造】

 ステータス等の詐称が出来る。


 ===


 トリアルが選んでくれただけあってなかなか有用なスキルだ。

 空から見守っているであろうトリアルに感謝の念を送っていると茂みの奥から声が聞こえた。


「おーい!誰かー!誰かいないか!」


 ついにご指名だ。声のかかる方へ急いで向かう。


「はーい、おこまりかーい?」


 声の主は2人の女性のパーティ。それぞれ『弓使い』と『戦士』がメイン戦闘職。どうやら怪我人のようだ。戦士の女性が大きくダメージを受けて倒れこんでいる。

 彼女の体から浮かぶ残存体力を示すHPバーは危険域の赤色に到達し、それに加え脚へのダメージが蓄積されて行動不能状態になっていた。


「良かった!人がいた!

 すまない、メンバーが怪我をしてしまったんだ。ポーションを分けて貰えないだろうか。ベルは適正価格の上限は払う」


 戦士君とは違いほぼ無傷であった弓使い君が仰々しい言葉使いと共に美しいお辞儀を作る。


「いえいえー、ベルは結構ですよー」


 この慈善活動に対価は不要だ。強いて言えば、今後とも『アニマ』をよろしくってな。


「本当か!すまない!」


 その誠意に答えて『僧侶』の初期スキル【治癒魔法Lv1】の【キュア】を発動させる。

 淡い緑色の光が倒れた戦士君を包み込む。

 彼女の体力バーが赤色の危険域から緑色の安全域までみるみる回復する。それと同時に俺の力が抜けていくような感覚に陥る。久々に感じる魔力を使う感覚だ。

 妙にほっとしてしまうこの感覚。現実で漏らしちゃったんじゃないか、そう思わせる脱力感は繰り返すうちに癖になる。


「おぉ!僧侶だったのか!」


 回復魔法を目にして驚嘆の声を出す弓使い君。そうです、僧侶なんです。ここに来て改めて彼女をまじまじと見る。

 女性にしては長身のモデル体型にウルフカットの銀髪を肩まで垂らしている。顔はどちらかと聞かれれば綺麗系で特にキリリとした眉毛は彼女に真面目そうな印象を抱かせる。

 双葉君とは違った方向で高い完成度ではないか。きっとベースとなるリアルの彼女もスレンダーな美しい女性なのだろう。


「えぇっと。そんなに凝視されると困るんだが……」


 俺の視線に気づいた弓使い君が慎ましい胸を手で隠すようにする。……そんなつもりじゃなかったんだ、許してほしい。


「すいません。ほらそんなことより、彼女の眼が覚めそうですよ」


 取り繕うために俺は戦士君へと意識を向けさせて話題を逸らす手法を試みる。


 弓使い君からの冷ややかな目を背に受けつつ、戦士君にこの状況を打開してもらいたく視線を送っていると、それに応じるようにむくりと起き上がる。そのままスタっと立ち上がり衣類に付いた砂を取り払う。

 次に状況把握のために辺りを見回す。はい、目が合いました。よろしくね、とウインク。

 しかし、彼女の視線はそのまま俺をスルーして背後にいた弓使い君へ。すると表情は一変し安堵するように胸を撫で下ろした。


「良かった……せ、先輩、無事だったんですね」


 口を開いた戦士君。その声は弱弱しく、華奢な体も相まって、支援系への職の道を彼女に提案してやりたくなる。


「なんとか逃げおおせたよ。そこにいる彼が君を助けたんだ」


 そう言って弓使い君が戦士君に礼を言うように促す。先ほどの冷ややかな目でなく、凛々しくも優し気な目であった。


 戦士君も弓使い君と同様に綺麗な直角三角形のお辞儀を披露する。言葉はなかったが俺はそれをとやかく言うような男ではない。


 戦士君は弓使い君とは反対に、小動物のように可愛らしいというイメージを感じさせる。髪型は黒髪のショートカットで目はクリクリとしていて見ていて心がほだされるような女性であった。まぁ、総評するとあざとそう。

 ん?戦士君、なんでこっちを睨んでいるんだい?もしかして心読まれてる、俺?


「いえいえ、こういったロールプレイが好きですから気にしないでください」


 慈悲深い僧侶のロールプレイです。


「本当に助かった。私は『ナギサ』、改めて礼を言う、ありがとう」


 弓使い君も再び美しいお辞儀。感謝されるのは嬉しいが、俺は今そんなことよりも気になることがあった。


 初心者が苦戦するというのは頷ける。何事も初めてというのは戸惑いや躊躇があると思う。

 しかし、ここはチュートリアル用のフィールド。まず苦戦しないように設計されている。モンスターの動きだって機械的なものも多く、プレイヤーそれぞれに

 この短時間でポーションを全て使い切って尚且つ、瀕死になる……

 開発者としてどうすればそんなことになるのか逆に問いたい。


「すみません、先輩。アタシまた足引っ張っちゃって……」


 消え入るような声で戦士君が口を開く。

 やはり戦士君が俺の疑問の答えなのだろう。是非とも実際にチュートリアルエリアで行われる戦士君の珍プレーを目にしてみたい。


「いや、気にしなくてもいいさ、チカ。最初は皆、体の使い方に慣れないものだよ。

 私も慣れるのに随分とかかった」


 弓使い君が罪悪感で潰されそうな戦士君をフォローする。戦士君も顔を赤らめて自信を取り戻す。あざといなぁ。


「ところで、君の名前を聞かせてくれないかい?」


 どこかキラキラとした表情で俺に問いかける弓使い君。と、同時に冷え切った殺気が戦士君の方から漂ってくる。


「『サクラ丸』で……「はい、サクラ丸さん。ありがとうございました!お会いすることは多分もうないでしょうけど、さようなら!」


 とてつもなく強引に自己紹介を遮られた。


「お、おいチカ。そんな言い方はないだろう」


 驚く速さで俺と弓使い君の間に割って入ってきた戦士君。あまりに素早い動きに驚きつつ彼女の顔を見た、いや見てしまった。

 前髪の隙間からちらりと覗いたのは赤黒く染まった瞳。恐ろしい眼光。目から嫌悪感が滲み出ている。その目は語る「ついてくるな。コロスゾ?」と。

 気づかなければよかった、素直にそう思った。今にも足が竦みそうだった。尻尾を巻いて逃げ帰ろう。このままここにいれば、あの魔眼がネットワークを介して俺の脳を焼き切ってしまうんじゃないか、そう混乱させるほどに彼女の殺意は明確だった。


 だが、ここで引くわけにはいかない。

 チュートリアルで全滅の危機に陥る。これは大問題なのだ。今回は精神が比較的熟した女子大生らしい2人でよかったが、もし未熟な小学生達であったらどうだ?

 無垢で純情な少年少女がチュートリアルをクリア出来なかった時を考えてみろ!

 それはもう門前払い!

「お前はこのゲームをする資格を持ち合わせていましぇーん!」と告げられるのとなんら変わらない。少年少女たちはこの『アニマ』のプレイを断念、さらには今後の彼らのゲーム人生にも影を落とすことは明らか!



 そんなことは許せない!



『アニマ』が紡ぐ革命の道筋を!下手糞な癖にラスボス並みの殺意を放つプレイヤー一人に阻まれて良いはずがないのだ!

 何としてでも目の前の下手糞のプレイスキルを鑑みてチュートリアルの難度を再調整する必要がある!


「へ、へへ……弓使い君」


 恐怖で声が掠れる


「…………!」


 ウッ!?まだ殺意を増すというのか!?しかし、俺は止まらんぞ!


「ん?それは私のことか?」


「そう、だ……!頼みが、あるんだ」


「あ、あぁ!なんでも言ってくれ!……わかってると思うがエッチなのはダメだぞ?」


 そんな冗談に付き合う暇はないんだ!


「こ、この俺を……2人について、行かせて……くれ」


「ッ!この腐れ「あぁ、勿論!僧侶がパーティに入ってくれるなら歓迎だ!」


 へ、へへ……言質は取った!悪魔め!そんなに睨んでももう遅い。

 ……やりきった……ぜ。


 あれ?なんだか、とても気持ちがいいな……

 あぁ、覚えているぞ、この感触は……魔法を使った時の脱力感じゃないか……ふぅ……



『――尿意が限界を迎えました、強制ログアウトを実行します』

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