2、歯
中学生にして初めて『北の国から』の魅力に気付き、テレビシリーズからスペシャルまですべてのDVDを買いそろえ、何度も見返した。その素晴らしさを同級生と共有しようとしたが、気持ち悪がられた。
田中
大学3年になり、いよいよ就職が目の前に迫った。周囲には作家や映画監督などを目指す者がたくさんいたが、ほとんどは在学中にその夢が覚めてしまい、民間企業への就職活動という現実的な道を選んでいた。聖美は文学漬けになろうと、大学生活というモラトリアムを過ごそうと、脚本家への夢は消えておらず、むしろ燃え上がっていた。〈こうなったら絶対田舎に行く!〉――というのも、敬愛する倉本聰が、著作の中で田舎暮らしを
「聖美の気持ちはわかった」父親が言った。
「ホント!?」聖美は声を上げた。
「あなた……」母親は困惑していた。
「父さんも、倉本聰って人は素晴らしい人だと思ってた。その歳でそれに気付けたことは、父親として嬉しい」
「父さんに分かってもらえて、嬉しい」聖美は涙をこぼした。
「じゃあ、
「んーん」聖美は首を振った。
「え?」父と母が目を丸くして言った。
「行くのは栃木だよ。
(…………意外と近っ!)両親は脱力して言葉が出なかった。(あれほど言ってた割には近いな……同じ関東じゃないか。それに、村じゃなくて、『市』だし……)
田舎に行くとすれば足利市! ――これは聖美が中学生のころ、すでに決めていたことだった。当時憧れていた、サッカーが上手で成績も良いサラサラヘアの男子が、夏休みや春休みに足利市の祖父母のところに行っていて、よくその話をしていた。聖美はそれを
「ねえ、いいよねえ、父さん?」
「あ……、ああ、いいよ。聖美がそんなに本気なら……ねえ、母さん」
母親は困惑し、父親を半ば責めるような目で見ていた。
「父さんは聖美が頑張るってことを信じてる。ああ、そうさ、信じてる……」
かくして聖美は、友人たちが企業をまわっているのをよそ目に、足利市の農家をまわっていた。行った先では、「ここで働かせてください!」と、神隠しにあった千尋のような言い方をしていた。2ヶ月ほどの〈就活〉で、ようやく人の好い老夫婦が聖美のホームステイを認めてくれた。
「うちじゃあ、子どもらもみんな出てっちゃって、寂しかったんだよ。聖美ちゃんみたいなかわいい子が、一緒に住んでくれることになって、ばあちゃん嬉しい」
おばあさんは、頭にかぶっていた手拭いを取って涙を拭いた。おじいさんは何度も
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