都会っ子聖美の夢

ひろみつ,hiromitsu

1、女

   1、女


「オラ、田舎さ住みてえんだっちゃ! ぜってえ住むんじゃきい!」

「何言ってるの聖美きよみ! 大学まで上げてようやく就職だってときに、ふざけるんじゃないの! お父さんが聞いたらどう思うと思ってるの? それに、そんなデタラメな方言で――」

「うるせえだに! ワシャあ卒業したら、東京出て田舎に住むんじゃ。これは譲れねえ!」

 聖美は母親に将来のことを相談したのだが、最終的にはケンカになってしまった。母親の理解が欲しかった。だが一向に理解されないので、初めは標準語で話していた聖美も、いつしか田舎への想いが募り、なまりまくっていた――あらゆる地域の方言を詰め込んで。これはひとえに、聖美の田舎に対する憧れと愛情の現れだった。


 聖美が田舎に憧れたのは、元を辿たどれば小学生のころだった。夏休み明け、同級生たちは田舎の話をして盛り上がっていた。

「群馬のおじいちゃんちは、犬も猫も、にわとりも牛もいるんだ」

「僕のおばあちゃんは秋田。新幹線に乗って行ってきた!」

「私も新幹線に乗って、岐阜に行ったよ。途中で富士山見た!」

「俺は鹿児島だから飛行機だ。富士山なんか、上から見たぞ!」

「私も飛行機! 北海道は涼しくて気持ち良かった~」


 聖美は――と言えば、父方も母方もルーツは東京の都心部だった。祖父母の家には自転車で行けた。血筋を辿っていけば、東京の外に親戚はいるのかもしれなかったが、そんな広い親戚付き合いはなかった。血族で会ったことがあるのは、せいぜい叔父おじ従妹いとこぐらいだった。


 そんな聖美は、テレビで見る田舎に憧れた。小学3年生の時に金曜ロードショーで『となりのトトロ』を見て〈田舎を体感できた〉と感じ、感激のあまり涙が溢れた。しかしあとになって、田舎は田舎でも多摩の方かせいぜい埼玉あたりが舞台らしいと知り、何だか騙された気がして今度は悔しさにむせび泣いた。〈私はまだ、本当の田舎を知らない。やっぱり東京しか知らないんだ!〉

 聖美はとにかく地方の、かつ緑あふれる田舎を舞台にしたドラマ、映画、小説に片っ端から触れた。『おもひでぽろぽろ』、『のんのんびより』、『マディソン郡の橋』、『高慢と偏見』、『嵐が丘』、『風の又三郎』、『ボヴァリー夫人』、『サマーウォーズ』、『田舎教師』……。なかでも聖美が震えるほど感動したのは、『北の国から』だった。田舎を舞台としたドラマの金字塔は、聖美にも大いに感動を与えたのだ。


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