【KAC20203】Uターン写真家

@dekai3

子は親の背中を見て成長する

 俺は髪の長い人がUターンする姿が好きだ。

 髪の長い人がUターンする姿がとても好きだ。


 まあ、実際の所は絶対に髪が長い人じゃないといけないという訳ではない。

 紐の長い鞄とか、振袖とか、コートとか、ケープとか、マントとか、長いリボンとか、そういった翻る物を身に着けている人のUターン姿なら全部好きだ。


 クルっと回る時に何かが翻るのが好きだ。

 体と一拍子ずれて、尚且つ大きく翻る物があるというのが好きなんだ。

 短い物になるとほぼ体と一緒にターンするから、それはそこまで好きじゃない。

 飽くまでも体と一拍子ずれて翻っている姿が好きなんだ。


 それが人間のパーツでは長い髪の毛しか無いので、必然的に髪の長い人のUターン姿が好きになる。

 だからこそ、俺は髪の長い人がUターンする姿が好きだ。






 そして、今日も俺は街に出て、髪が長い女性がUターンする姿を探す。

 特に決まった場所は無いが、ショッピングモールだと買い逃しや道に迷った人がUターンをする事が多いので狙い目だ。

 ほら、あそこの女性。店頭の商品を名残惜しそうに見た後、考え事をしながら歩いてる。ああいう女性は68%の確率でUターンするんだ。


クルッ


 ほら、Uターンした!

 そして次だ!


ファサァ


 女性が振り返るのに一拍子ずれて、耳かけのセミロングの髪の毛が舞う様に翻る。

 それはまるで鳥の求愛行動の様な、神社で巫女が行う神楽の様な、そんな神々しさを纏ったUターンだ。

 これ程までに完璧なUターンは久しぶりに見た。

 恐らく髪の毛のケアを相当丁寧にしているのだろう。そしてターンがきっちりしているから体幹もしっかりしている。バレエでも習っているのかな?

 こんなにも素晴らしいUターンを自分だけしか体験しないのと、一度しか見ないのは勿体ないので、女性が買い物を終えてから声をかける。


「すみません。先ほどUターンをされましたよね?」

「え、は、はい……あ、もしかしてUターンの人ですか?」

「はい、そうです」

「もしかして私が? そんな……嬉しい! 是非撮って下さい!!」


 俺のUターン好きは密かにインターネットで話題になっていて、たまにこうやってUターン姿を撮影させてもらおうと声をかけると喜ぶ人も居る。

 最初はとことん不審者扱いされたもんだけど、俺が撮ったUターン姿はSNSで大人気だそうで、『被写体の美しさを完璧に捉えた作品』とまで言われている。

 最も、俺自身はSNSをやっておらず、毎回撮影したデータを撮らせてくれた人に渡しているだけだ。その際に自分の事は秘密にしておいてくれと頼んでいる。

 たまに未成年の女の子にも声をかける事があるので、いくらインターネットで話題とはいえ不審者には変わりない。

 いつか捕まってしまうのではないかとビクビクしているが、それ以上にUターン姿が好きなんだから仕方ないよな。


「はい、ありがとうございます。とても良いUターンでした」

「こちらこそありがとうございます! やったー! 早速TicTocにアップしよー!」


 いつもの通り、ちょっと離れた人気の無い路地裏で先ほどの女の子にUターンをしてもらい、その姿を動画に収めてコピーを渡す。

 俺が撮るのは女性だけじゃなくて男性の場合もあるのだが、Uターン姿が似合うのはだいたいが女性なので女性の場合が多い。

 Uターン姿の撮影以外に何かするわけじゃないが、こんな場所まで付いてくるとか最近の子は不用心だよな。何か犯罪に巻き込まれないか心配になる。


 まあ、俺も人の事は言えないんだけどな。

 一応、家族には『世間からしたらあんまり良くない趣味をやっている』と言ってあって、母親からは怪訝な顔をされたが、父親からは『父さんも人に言えない趣味の一つや二つはある。そういう物だろう』と言われている。

 父さんには感謝しているけど、こんな父親だからこんな息子になったのかもしれないな。


 と、今日はまだ時間があるからさっきのショッピングモールとは違う山の上の公園にまで来たんだけど、中々に良い『翻り物ひるがえりもの』を持っている人が居るのを発見した。

 髪の毛は腰までのロング。スカートはトレンチスカートでマキシ丈。ベルトはしっかりとは結ばずに余りがだらんと下げられているが下品ではなく、肩掛けカバンにはバンド名か何かの書かれたストラップが付いている。

 後ろ姿なので顔は見えないが、大学生かそれよりやや上の年齢の女性だろう。

 背が高く細身なのですらっとして見えるし、もしかしたらモデルかな?

 こんな所に一人で居る女性というのは珍しいが、もしかしたら自分に撮影して欲しいという人かもしれない。

 たまに居るのだ。自分を探し当てて、『私のUターンを撮って下さい』と言ってくる人が。そういう人はだいたい自分を売り出したいモデルとかSNSで承認欲求を得ようとしている人で、予め俺が撮影したがる様な恰好で来てくれることが多い。

 自分はUターンをする姿が好きなだけなので顔の造形は気にしないし、好きに撮らせてくれるのならこちらとしても好都合だ。


「すみません、ちょっとUターンをする姿を撮らせてもらってもいいですか?」


 俺は他にわき目も振らずに後ろ姿を見せる女性に近付き、声をかける。

 後ろ姿は完璧なUターナーだし、これは良い物が撮れそうだ。


「え、私ですか?」


 しかし、女性から聞こえたのは違和感のあるハスキーな声。

 元からこういう声という訳ではなく、裏声で作ったような違和感のある声だ。


「嬉しい、貴方を探してここまで来た甲斐が……たかし!?」

「は? 父さん!?」


 俺の目の前の女性は、女装した父さんだった。


「……………」

「……………」


 お互いに言葉を失い、目線だけが交差する。

 きっと、父さんの言っていた『人に言えない趣味』とはこの事だろう。

 確かに28にもなって無職なままの息子がいる人が女装が趣味だなんて人に言えないよな。俺が働いていないのもストレスになっているのかもしれない。

 でも、だからってUターン姿を撮影して貰うのは駄目だろ。俺だったから良かった物の、もしも知り合いだったらどうするんだ?

 というか、その恰好でここまで来たの? マスクとかしてないけど大丈夫なの? 正面から見たらどう見てもおっさんだよ? なんで胸に詰め物したり体のラインを誤魔化すような服装してるのに顔はそのままなんだよ。ロングヘアーのかつらが違和感ばりばりだよそれ。


 時間にしたら数秒どころか一瞬の事だったと思うが、俺にとってはとてつもなく長い時間だった。きっと父さんもそうだろう。

 そして、俺と父さんは同じ結論に至った。


『お互いに見なかった事にする』


 これだ。

 これがお互いにベストな選択だ。

 言葉は交わさなくても目線だけで伝わる。だって親子だもんな、俺達。


「……………」


 父さんは黙ったまま、振り返った顔を動画を逆再生するかのように元に戻す。


「……………」


 俺は父さんに近づいた勢いはそのまま、体を傾けて滑らかな弧を描いて踵を返す。

 それは偶然にも、俺が求めて止まない見事な動きだった。


 カメラの紐を翻しながらの、とても自然な形のUターン。


 俺、もうUターン姿撮るの止めようかな。

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