第39話「決闘の幕引き」

「……入れっぱなしでよかったぜ」


 赤い革のカバーの小さな手帳――今エレナのイラストを描いたばかりの生徒手帳を閉じ、ポケットにしまう。


 乳エレナが校章を持って戻ってきた。受け取ると彼女は煙のように掻き消える。


 校章にはしっかりとトバリ・ブライトの名が刻まれていた。


「私の勝ちだね、トバリくん」


 トバリはうつ伏せに倒れたままぴくりとも動かない。


 あれ、やりすぎた……?

 はじめての魔法だったから、力の調整がうまくできてなかったのかな?


「マカゼ大変!」


 突然教室の扉が開かれる。現れたのは、


「え、エレナ? なんでおまえがここに?」


「あれ……か、勝ったの?」


「おう、なんとかな」


 にやりと笑ってトバリの校章をずいと差し出す。エレナの顔がぱっと明るくなった。


「やったぁ! ……じゃなくて! 大変なのよ! やっぱりいてもたってもいられなくて、『玉手箱』を少しだけでも見せてもらえないか、ダメ元でイオリ先生のところに頼みにいったの。そしたら宝物庫の前で警備の人が倒れてて……。先生の姿も見当たらないの!」


「ええ?」


 部屋の時計を仰ぎ見る。時刻は十時を少しすぎたところ。


「もしかして、怪盗赤ずきんがきちまったのか……? でもそれなら警備人形ガーディアンたちがもっと騒ぐはずだよな?」


「それが変なの。警備員が倒れてたすぐ横に警備人形ガーディアンもいたのよ。でもなにもせずに突っ立ってて……。あんな近くに侵入者がいたら絶対に反応するはずなのに……」


「そりゃなんか変だな……。とにかく校舎にはいないほうがよさそうだ。さっさと寮に戻ろう。でもその前に……」


 倒れたまま動かないトバリを見やる。


「こいつどーすっかな……」


「ちょっとマカゼ、なにしたの? ブライトくん無事なんでしょうね?」


「ちょっと力の配分をミスっちゃってなー……。ハハ、多分大丈夫だろ」


「ここからだと男子寮のほうが近いわ。ブライトくんを部屋に運んで、少し様子を見てから女子寮に戻りましょ」


「だな」


 トバリをおぶって立ちあがる。いくらトバリが細身といえど、やっぱり女の身体で男を運ぶのはキツいな……。


 ふらふらした足取りで暗く静かな廊下を歩く。

 くそ、結構疲れてんなー。


「大丈夫? あたしが背負おうか? 今あたしのほうが力のありそうだし」


「へーきへーき。もう戻るだけだし……」


 突き当たりを曲がって、ぴたり。

 足を止める。


 エレナが息を飲み、俺はトバリを落っことしそうになった。


 月明かりに照らされた階段を、赤いローブの人物が駆けあがってきていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る