第34話「国宝『玉手箱』」
先生は俺たちを見つけるとくわえていた棒つきキャンディを口から出した。
「あら、スチュアートさんにホワイトさん。また二人一緒なのね。あなたたち本当に仲がいいのねぇ」
「こんにちは先生。今日は博物館にはいかないんですか?」
エレナがにこやかに言う。イオリ先生は古いものが好きで、趣味は休日に博物館や美術館にいくことらしい。前に授業中にちょこっと言っていた。
「毎週いってるわけじゃないのよ。教師も結構忙しいしね」
「あ、そうなんですか。今日もお仕事ですか?」
「ええ」
黒スーツのひとりが大事そうにスーツケースを抱えていることに気がつく。
エレナも同じものを見つけて、俺たちの視線を追ったイオリ先生が「あら」と困ったように笑った。
「見つかっちゃった」
「なんですかそれ?」
なんか大事なもんなのか?
「もう隠してもしかたないわね」
先生は声を潜めて、
「実はこれ、『玉手箱』なの」
「え!? こ、国宝のですか!?」
エレナが目を見開く。先生はぷるんぷるんの唇の前に人差し指を立てた。
「しーっ。スチュアートさん、声が大きいわ」
ということは、そうなのか。エレナはぱくりと口をつぐむ。
「す、すいません……。でもどうしてそれがここに?」
「一週間前、王立美術館に怪盗赤ずきんから予告状が届いたのよ。ニュースにもなってたんだけど、知らないかしら? その犯行時刻が今夜十時なの。それで今夜はこっそり場所を移して警護することになったのよ。で、ここでの警護監督が私なの」
「へぇ。国宝の警護を任されるなんてすごいじゃないですか!」
「そうなんだけど……でもちょっと荷が重いわよねぇ」
イオリ先生は眉をハの字にして微笑む。あの、と俺は口を開いた。
「てことは、今夜は校舎に入れないんですか?」
「そんなことはないわ。『玉手箱』のことを生徒に知らせるつもりはないし、事務員さんたちも知らないの。だからいつも通り、入校許可をとれば十時まで校舎にいられるし、教室を借りることもできるわ」
「はぁ。結構ゆるいんですね、警護」
「赤ずきんにこの場所がわれる可能性はものすごく低いもの。っていっても、いつもよりちょっと警備は厳重になるけど。……このこと、みんなには内緒よ?」
「はい」
エレナが返事をして俺がうなずく。先生はおっとりと笑い、
「そろそろいかなくちゃ。それじゃスチュアートさん、ホワイトさん。また授業でね」
黒スーツと国宝とともに裏口に吸いこまれていった。あんまり関わっても迷惑になりそうだし、俺たちはさっさと退散するかね。
「イオリ先生って本当にすごい人なのね」
廊下を歩きながらエレナが言う。
「噂だけど、先生って政府やいろんな企業から『ぜひうちの重役に』って声がかかるくらいに実力のある魔術師なんだって。そういうオファーは全部断ってるみたいだけど……小さいころから神童と呼ばれていた稀代の天才魔術師らしいわ」
「へー。そんなすごい人がなんで学校の先生なんかやってんのかね?」
「さあ……」
部屋に戻ってテレビをつけると、ちょうど王立美術館が映っていた。展示室の中央、警備員が並んだ隙間から『玉手箱』のレプリカが小さく見えている。
「『玉手箱』。
スマホをくりくりいじりながらエレナが言った。
「……それってもしかして」
「うん。呪解の手がかりになるかも。イオリ先生に頼んでちょっとだけでも貸してもらえないかしら?」
「無理だろうなぁ……。俺たち一般人だし。国宝だぜ?」
「そうだよね……。はぁ、こんなに近くにあるのに……」
「しかたねぇよ。今は今夜の決闘のことだけ考えることにするさ」
「そうね……」
そんなふうにだらだらしているうちに日は暮れ、夕食の時間になった。
決闘の時間は刻一刻と近づいてくる。
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