第2章「ヒナギク学園高等部」

第10話「入学式と女神の神話」

 ステンドグラスがきれいなホールにヒナギク学園高等部の一年生が集められていた。


 そのなかに頬に真っ赤な手形をつけた金髪の美少女がいる。俺だ。


 この紅葉手形は、昨夜トイレに起きた俺が間違えてエレナの寝室に入ってしまいバチンと一発くらったものだ。誓って言うがわざとじゃない。


 壇上では高等部校長のおばさんが長広舌を振るっている。


 なんで偉い人の話ってのはこう長いんだろうね……。寝ようと思ったけど、まだ朝だから眠くないんだよなー困った。


 おばちゃん校長の長ったらしいあいさつは、女神エレナの神話に移った。


 昔々、この地球にはエレナ、アン、ジンという三人の神と旧人類ストリアンがいました。女神アンが旧人類ストリアンを滅ぼし(このへんの理由は、俺は詳しくは知らないが諸説あるらしい)、多くの命が失われたことを悲しんだエレナは、アンを男に変えてしまいました。

 人々の命を奪ったアンを罰するため、恋仲にあったジンと結ばれないようにしたのです。


 しかし男同士になってもアンとジンの仲が引き裂かれることはなく、二人はエレナを残して楽園へと旅立ってしまいました。


 ひとりぼっちになってしまったエレナは、私たち新人類を生み出し、「再び人類が滅亡の危機を迎えるときには信じる者を救い、ともに楽園へつれていきましょう」と約束しました。


 何度も聞いた話だ。ここでわざわざ校長から聞かなくても、エレナ教エレニスト国の人間なら五歳の子どもでも諳んじられる。


「異性への変身」と「同性愛」がエレナ教最大のタブーとされているのもこのエピソードのためだ。


 女神エレナの話のあとには、だいたい「だからみなさん、女神エレナに救済してもらうためにいいエレナ教徒エレニストになりましょう」という常套句がつくものだ。


 校長もその例に漏れず、今度はくどくどと規則について語り出した。


 退屈なだけの入学式が終わり、ホールから新入生たちが引きあげる。


 やっぱり女の子が多いなぁ。

 これだけ女の子がいるのに、女の子になってしまった俺には彼女を作ることすらできないのか……。


 トイレにいってから教室に戻る。

 女子トイレ慣れねぇ……。


 みんなそれぞれ新しいクラスメートと交流とはかるなか、ひとりだけぽつんと窓際の席で頬杖をついているやつがいる。


「ねえ、あれがエレナ・スチュアートさんよ」


 誰かが囁いた。

「きれいな方ね」「とっても頭がいいんですって」と別の声が言う。


 よく見ると、楽しそうに新しい友達と歓談に興じていた生徒のほとんどはちらちらとエレナの様子を伺っていた。


 話しかけてみたいけど、どう話しかけたらいいのかわからない。

 みんなそんな顔をしている。


 ま、なんたってあのエレナ・スチュアートだもんな。


 エサーナスを代表する大企業、スチュアート社。

 現エサーナス王妃の兄としても知られるその現社長は、エレナの実父である。


 大企業のひとり娘として育てられ、王家とも親族関係にあり、神と同じ名を賜ったエレナ・スチュアートの名前は、間違いなくこの名門ヒナギク学園でも五本の指に入るビッグネームなのだった。


 家のことを抜きにしてもひとりアンニュイに頬杖をつく今のエレナは芸術品のようにきれいで、話しかけづらい雰囲気がビシバシ出ていた。


 昨日「どうしよう〜!」とか騒いでた女と同一人物とは思えない。

 ザ・深窓の令嬢って感じだ。

 美人って近寄りがたいんだよなぁ。


「よう」


 片手をあげながら俺は美しきぼっち、エレナの隣の席に座った。


 途端にクラス中の「あいつついに話しかけたよ!」みたいな視線が突き刺さったよ。

 居心地わりぃ……。

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