凶悪
アール
凶悪
すっかり日も暮れた夜。
町にある一つの小さなビルを、何十台ものランプを光らせた車たちがぐるりと取り囲んでいた。
緊迫した空気が流れている。
先程からずっと、取り囲む車の中の一台に取り付けられたスピーカーから、中にいる強盗犯に対しての忠告が流れ続けていた。
「犯人に告ぐ!
今すぐ凶器を捨てて出てくるんだ。
お前はもう完全に包囲されている。
さもないと、今すぐ突入を開始する。
早く諦めて出てこい!」
するとしばらくして、ビルの窓から犯人が顔を出した。
こちらに向かって大声でこう叫ぶ。
「聞け! 無能な警察どもよ!
諦めろとはこっちのセリフだ。
今すぐに逃走用の車を一台用意しろ」
「なんだと。
この世に及んでよくもまぁ、そんな図々しいことが言えたもんだ。
お前は状況が全く見えていないようだな。
早く、ビルの周りを見てみろ。
お前は包囲されているんだぞ。
お前に残された選択肢は二つしかない。
観念してそのビルから出てくるか、それとも痛い目を見た後に捕まるかだ」
その言葉を受けて犯人は窓から顔を出し、ビルの下を覗き見た。
入り口付近には沢山の警官たちが、突入の指示があればいつでも動けるよう待機している。
まさに強盗犯からの立場からすれば、状況は絶望的と言えた。
しかし、強盗犯の男は動揺する素振りは見せない。
それを不安に思った警察側は、強盗犯に対して尋ねた。
「なぜだ。
何故そんなにも平然としていられるんだ。
何か理由でもあるのか」
「ああ、あるとも。これを見ろ」
そう言って、強盗犯は奥から小さな女の子を抱き抱えて戻ってきた。
5歳くらいだろうか。
まだ幼い。
その目には涙を浮かべ、息を飲む警官たちに悲しげな声で訴えた。
「助けて…………。早くパパとママに会いたい」
「な、何というヤツだ。卑劣極まりない。
お前のような奴にこそ、凶悪という言葉があるんだろうな」
「フン、なんとでも言え。
俺は何としてでも逃げ切らなければならないんだ。
おい、早くしろ! 俺には時間がないんだ。
早く逃走用の車をここに持ってこい……」
「わ、分かった。
分かったから落ち着いてくれ。
……くっ、仕方がない。車を用意してやれ」
そういう訳で、警察側は犯人の要求を飲まざるを得なくなってしまった。
あまりの悔しさに皆、拳を握りしめたが、人質の為にはこうするしかない。
ビルの前に車が置かれ、警察側はその後の強盗犯の指示通りに50メートルほど後に下がった。
強盗犯はその様子を確認した後、ようやく人質を連れてビルの外へと姿を表した。
車の燃料やタイヤなどを仕切に確認した後、遠くで見守る警察側に向かって大声でこう言った。
「いいだろう、異常なしだ。
それじゃあな、間抜けども」
「ま、待て。
その女の子は解放しろ。
言う通りにしたじゃないか」
「馬鹿を言うな。
この人質の女の子は、俺が安全なところまで逃げ延びることができたら、そこで解放してやる」
「こちらは要求を呑んだからな。
もしその女の子を傷つけてみろ。
お前を絶対に許さないからな」
「そんな事はしない。
俺はただ逃げ延びたいだけだ。
……ちっ、もう時間がない。それじゃあな」
強盗犯は女の子を助手席に押し込むと、警察官たちの間を全速力で駆け抜けていった。
逮捕を失敗したことに対して無力さを感じていたが、人質の命には変えられない。
「人質が解放された後、草の根をかき分けてでも探し出し、必ず刑務所へぶち込んでやるからな。
覚悟しておけよ……」
彼ら警察官たちはそんな強い思いを胸に誓うのであった……。
一方その頃。
手に入れた逃走車の車内では、強盗犯の男と人質の女の子による、こんな会話が続いていた。
「おい、約束は守ったからな。
早く俺の子供の居場所を教えてくれ」
「ウフフ、まだよ。
もう少し遠くへ逃げてからじゃないと。
……まぁ、安心してよ。
貴方の赤ちゃんはちゃんと、私の仲間が面倒を見てるから」
「ちくしょう。
それにしても、なんで俺がこんな目に……」
「あら、貴方が赤ん坊から目を離したのがそもそもの原因よ。
そのせいで私のような誘拐犯に大切な生後6ヶ月の息子がさらわれてしまった。
あの世のお母さんも泣いているわねぇ」
「このくずめ。
今に見てろ。息子がこの手に戻ってきたら、すぐに警察に真実を話してやるからな。
お前のような犯罪者など、すぐに捕まる」
「あら、警察に話すの? どういう風に?
"10歳の女の子に脅されて、息子の安全のため仕方がなく強盗をやりました" って?
アハハハハ、いったい誰が信じると思う?
まぁ、これから先は頑張ってね。
貴方はもう時期、指名手配されて、警察から追われる毎日が始まるでしょうから。
私はこのお金で海外にでも飛ぶわ」
「ちくしょう、ちくしょう!
なんというガキだ。卑劣極まりない。
お前のような奴にこそ、凶悪という言葉があるんだろうな…………」
凶悪 アール @m0120
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