case15.壱村由香

第1話


 どうして、君を拒めなかったんだろう。




 その時点で、きっと私は君に、


 惚れていたんだろうな。





 ◇◆◇





 放課後、私は仕事を終わらせて一息ついていた。

 ここは、都内にある中学校。私はそこの保健医で、四年前に赴任してきた。その日から毎日毎日繰り返してきた仕事を今日も済ませ、あとは戸締りをするだけだ。


「……」


 私は校庭に繋がるガラス戸の鍵に触れ、ふと思い出した。いつもここから保健室に入り込んできた彼のこと。

 彼は去年ここを卒業した。だから、この戸から、彼が入ってくることはない。それが、少し寂しく感じた。

 あれからもう、一年が経とうとしている。彼がこの学校を卒業して、もうそんなに経つのか。一年とはあっという間だな。


「……早いな」

「なにが?」

「うわぁ!」


 驚いて跳ね上げた肩を、後ろから誰かに抱きしめられた。

 いや、誰かじゃない。よく知った声、顔を見ずとも分かる。全く、いつも勝手に入ってくるなと言っているのに。


「湊……外で待ってろと言っただろ」

「だって寒かったし」

「ったく、仕方ないな。もう少し待ってろ」


 私は戸締りと身支度を済まして彼を駐車場で待ってるように言って、職員室に寄ってから私も彼の元に向かった。

 去年の今頃は、彼とこんな風になるとは思ってなかったな。確か、彼に告白されたのは丁度一年前だったっけ。懐かしいな。

 私がクスッと笑うと、湊が助手席のドアを開けながら「なに?」って聞いてきた。

 だから私は、君と出逢ったときのことを思い返していたと告げた。




 ◇◆◇




 小早川湊こばやかわみなとのことをちゃんと知ったのは、彼がまだ一年生のとき。衣替えをしたばかりの、六月くらいだったかな。体育の授業で膝を擦りむいた君が保健室に来たのが、事の始まりだった。

 あの時の君はまだ私より背が低くて、まだ幼さが残った少年だったな。


「いってぇ! 先生、痛い痛い!」

「黙ってろ。男がこれくらいで騒ぐんじゃねーよ」

「先生、口悪いー!」

「うっせーよ」


 私、壱村由佳いちむらゆかはこの中学に赴任して来たばかりの保健医だった。まだ24歳で他の教師よりも比較的若いことから、よく生徒から話しかけられたり相談を受けることも多かった。大半が友達感覚で接してくるが、それはそれで良かった。

 だから、彼もそうなんだと思ってた。私にしょっちゅう話しかけてくるのも、用がないのに保健室に来るのも。特に意味のないことだと、そう思っていた。

 だけど、何かが変わりだしたと気付いたのは彼が中三になってから。すっかり身長は私よりの頭一個分大きく、顔立ちもすっかり男らしくなっていた。

 中学生の成長期に驚かされながら、季節は冬に入った。


「せーんせ」

「なんだ、小早川。また来たのか」


 部活も引退し、高校受験中だというのに君は毎日のように放課後は保健室に来た。いつも通り、校庭側のガラス戸を開けて。


「うん。由佳先生、俺、先生が好きです」

「は?」




 突然すぎて何言ってるか理解できなかったよ。






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