第3話



 好きよ。愛してる。

 それだけ。私にはそれだけなの。それで十分なの。


 そうでしょう?


 真奈。





 ◆◇◆



 翌週。私はいつもの駅で真奈を待ってる。

 最近の私は、前よりも不安に思うことはない。だって、真奈は私を愛してくれている。

 先週、真奈は私に言ってくれたの。心配いらないよって。藍が思ってるよりもずっと私は藍を好きなんだよって。そして、いっぱい愛してくれたの。

 だから、今日まで私は毎日幸せな気持ちで過ごせた。一週間も会えないのはツラいけど、我慢できる。大丈夫。真奈は、私のものなんだから。真奈は他の人になんか見向きもしないんだから。

 もしそんなことがあったら、許さないけどね。絶対絶対、許さないよ。


「……あれ?」


 あの離れたところにあるの、真奈だ。誰かと話してるみたいだけど、あれは誰?

 どうして私よりもその人を優先させるのよ。

 私は真奈の元に駆け出した。私の目の前で他の子と仲良くしてるなんて信じられない。真奈のバカ。どんな理由があったって私より先に優先させるものなんてないでしょう。


「真奈!」

「藍。もう来てたの?」


 来てたの、じゃないよ。私、真奈のことずっと待ってたのに。それより、真奈と一緒にいるのは誰? 男の人と女の人。

 女の子の方は何となく見覚えがあるんだけど誰だっけ?

 絶対に知ってると思うんだけど。思い出せないと何だか胸の当たりがモヤモヤしちゃう。

 えっと、この子は。あ、そうだ。


「えっと、春待さん?」

「ああ。久しぶり、戸枝さん」

「春待さん、なんだか雰囲気変わったのね。気付かなかったわ」

「そうか? 何も変わってないと思うんだが……」


 ううん。変わったわ。なんていうのかな、雰囲気が柔らかくなったっていうか。そう、女の子らしくなった。隣にいるのが噂の彼氏なのね。恋をしたから変わったのね。

 でもね、真奈は私のものなんだよ。だから、必要以上に馴れ馴れしくしないでよ。春待さんでも許さないわよ、私。

 本人にそんなこと言ったらきっと真奈が怒るから言わないけど、私は春待さんのこと好きじゃないからね。当たり前でしょう、だって春待さんは私の真奈の親友なんだもん。真奈に近付く人はみんな嫌いなの。


「それじゃあ、私たちはこれで失礼するよ」

「じゃあな、夜丘」

「あ、うん。またねー」


 真奈は笑顔で二人を見送った。なんだかその表情は幸せそうというか、とても優しい顔してる。そんなに春待さんが大事なの?


「なんかさー」

「え、なに?」

「我が子が巣立つ時ってこんな感じなのかな、なんて思っちゃうのよね」

「え?」

「私、澪に彼氏が出来るか不安だったんだけどさ、直木と上手くいってるみたいで安心しちゃった」

「……春待さんが、そんなに大事?」

「藍の次にね」


 私の次、か。じゃあ、許さなくも、ないこともない。やっぱり嫉妬する。真奈に想われていいのは私だけなのに。

 私の気持ちを察したのか、真奈は私の手をそっと握って微笑みかけてくれた。ズルいな、そんな顔されたら他の子と何てどうでもよくなっちゃう。解っててそういうことするの? だとしたら、真奈はやっぱりズルいわ。

 でも、私はそんな真奈が好きよ。


「もうすぐ夏休みね。旅行、どこ行く?」

「真奈と二人きりならどこでもいいわ」

「それじゃあ家にいても同じじゃない」

「じゃあ、全国行こう。毎年色んなところに行きましょう?」

「それもいいわね。夏休みはまたうちに泊まりに来るでしょう?」

「もちろん。おじさんとおばさんは?」

「二人も旅行するって。夏に入ったらすぐに」

「仲良しね」

「私たちもね」


 そうね。私たちだって負けないくらい仲良しよね。

 今日は映画を見に行く約束をしてる。今話題になってる恋愛映画。私たちは指を絡めて繋ぎ、映画館へと向かった。

 映画館は休日なこともあって混んでいた。人が沢山。嫌だ。ぶつからないでほしいな。真奈に触れないでほしい。真奈に触れていいのは私だけなんだから。

 チケットを買うために列に並ぼうとすると、知らない男性二人に声を掛けられた。


「ねぇ、君たち二人だけ?」

「よかったら俺らと映画観ない? 奢るよ?」


 何、こいつら。私の真奈に来やすく声を掛けないでよ。男なんて野蛮な生き物が声を掛けて良い相手じゃないのよ。だから男って嫌いなの。なんて下衆なの。女の子なら誰でもいいの?

 目の前で喋らないで。真奈と同じ空気も吸わないで。今すぐ目の前から消えなさいよ。邪魔、邪魔邪魔。


「邪魔よ」

「え?」

「ちょ、藍……」

「気安く声を掛けないで。喋らないで、触れないで、真奈の目にアンタらみたいな下衆を映さないで。汚らわしい。貴方たちの奢りで観た映画に何の価値があるというのかしら。むしろ価値が下がるわ。家で大人しくしてレンタルDVDでも観てなさいよ」


 そうよ。邪魔なのよ。私たちの様子を周りでコソコソ見てる人たちが増えだして、男の人たちは消えていった。

 二度と私たちの前に現れないでよね。バーカ。


「藍、言い過ぎじゃないの?」

「そんなことないわよ。真奈に声を掛けるなんて信じられない。確かに真奈は可愛いけど、真奈は私だけの真奈なんだから」

「私じゃなくて藍が可愛かったんだよ」

「そんなことないわ! 真奈の方だ何百倍も可愛いもの。それにとってもキレイだし!」

「わかった。わかったから、そういうこと大きな声で言わないで」


 無駄に引き付けてしまった野次馬の群れを避け、溢れかえる人混みの中チケットを買って、ジュースとポップコーンを買って、ホールに入った。

 席は後ろの方。席に座って暫くすると、もう始まるのか室内が暗くなった。予告や、映画館内での注意が流れる。私たちは手を繋いだまま、それを観てる。それだけで幸せだわ。暗闇の中でも真奈の温もりを感じていられる。


「……藍」


 小さな声で真奈が呼んだ。私が横を向くと、軽く掠めるようなキスをされた。間近に来た真奈の顔は、暗がりのせいか何でなのか、ちょっとだけ色っぽい。

 真奈のバカ。こんなところで、そんなことしちゃ嫌だよ。私、我慢してるのに。真奈のせいだよ、責任とって。


「もっかい……」

「ふふ、我慢できなくなっちゃった?」

「真奈のせいよ」

「そうでした」


 コソコソ。秘密の口付け。みんなが映画に夢中になってる間、私たちはお互いに夢中になってキスをした。ただ静かに、私たちだけのラブストーリーを謳歌するの。

 ああ、なんて幸せ。

 世界中で二人だけの空間にいるみたい。

 好きよ。愛してる。


 死が二人を別つまで、愛してる。



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