第39話 聖獣と聖樹

「な? えっ?? 質問ってそれ?」


 わかりやすく狼狽える私を温かく見守るクレルの視線が痛い。

 アルヴィンさんを好きかと聞かれたらどうなんだろう。さり気なく優しいし、ワイバーンから守ってくれるくらい強いし、やや冷たそうな目もかっこいい……思い出していると胸の辺りが少しドキドキする。


「……好きなのかな? 自分でもよくわからないよ」


 好きがよくわからない。クレルはウンウンと頷いている。うぅ、口にすると一気に恥ずかしさが込み上げてきた。


「さ、お昼からは魔術訓練もあるし少しゆっくりしましょう。私もしばらく休むわ」


 えっ?? 


 クレルは体を小さくしてふよふよと飛んでクラウスさんが作ってくれたベッドに入って行った。


 えーーーっ!? それだけ?? なんだったんだ。


 もしかして、からかわれただけ?


 よく分からないが、ただ恥ずかしい思いをしただけだった。……ライスさんにもらったお菓子のレシピでも読もう。行き場のない恥ずかしさをかき消すために、一心不乱にレシピを読んだおかげで全て覚える事が出来た。


 次の日、その事を伝えるとライスさんにいたく感動され新しいレシピをもらう事になるのだった。







 ――――ドドドドドドォーーーーン!!!!



 綺麗に手入れされた庭に植えられていた小さな木が、ゴォォォっとけたたましい音を上げながら急激に成長していった。

 クレルの身長くらいだった木は、今や空を見上げるくらいの大きさになって、葉っぱは青々と繁っている。


 事の発端は、魔術訓練の前に私の力を見てみたいとフレッドさんが言った事だ。

 庭に先祖の代から何年も大きくならない木があるからと、森の野菜に魔力を流すようにやってみたらこの通りだ。


「……いつもと同じくらいの魔力を流したんだけど」


 フレッドさんとケイラさんは、顔を引きつらせながらそびえ立つ木を見上げている。


「魔力の量が増えてるわね」


 やっぱりと言いながら人間サイズに戻ったクレルは、木の周りをふよふよと飛んでいる。精霊とバレたら自重はしないようだ。


「もしかして、クレルと契約したから魔力が増えたのかな?」


 クレルは、そうだと思うけどと言いながらフレッドさんたちを見ている。


 しまったーーーー!! 


 契約の事は秘密だったんだ。

 フレッドさんとケイラさんは、今度は顎が外れるんじゃないかってくらい口をパクパクさせていた。

 言い訳を考えていたら、フレッドさんに肩を掴まれケイラさんには手を握られた。


「素晴らしいわ、まさか精霊とその契約者を生きているうちに見ることが出来るなんて!」


「あぁ、こんな奇跡に出会えるなんて! 全ての精霊に感謝を」


 涙を流しながら喜びを表す2人に、戸惑いながら「秘密にしてください」とお願いした。


「勿論だとも! たとえ死がせまろうとも約束は守ろう」


 いや、命の危機がある時は言ってください。

 流石に「秘密にして死にました!」なんて受け止められない。万が一世間にバレても、その時はクラウスさんがなんとかしてくれるだろう。


 目をそらすように大きくなった木を見ると、根元の辺りが淡く光っていた。


「なんか光ってません?」


 みんなが木の方を振り向くと、淡い光はどんどんと強くなり目が開けれないほどの光が溢れた。


「大丈夫か?!」


 フレッドさんの問いかけに答えたのは、なんとも可愛らしい声だった。


「きゅ? きゅきゅ〜っ」


 光の中から出てきたのは、クリクリの目にピンっと立った耳とふさふさの尻尾をした生き物だった。


「か、かわいい〜!!」


 薄いオレンジ? 金色にも見えるけどギラギラとはしていない長い尻尾がパタパタと動いている。あぁ、もふもふ抱きしめたい!


「あれは……」「もしかして……」と腕を掴まれいるため、フレッドさんとケイラさんの声がすごい近くで聞こえてくる。

 魔力訓練を始めたこの数十分で、2人のイメージが最初とだいぶ変わってきた……やはりクラウスさんの両親なのだ。


 もふもふは、きゅきゅっと言いながらトコトコと近付いてきて足元で止まったので、優しく抱き上げると腕の中でスリスリと体をよせてきた。


 はぁ〜癒される。クレルもふよふよと近付いて来て、たぬきともねことも言えないモフモフを見ている。


「聖獣だわ、木が育たなかったのは聖獣が中で栄養をもらっていたからね」


「やはり!」


 満面の笑みを浮かべたあと、フレッドさんは「ひ孫の代までの幸運を使い果たした」と目頭を押さえている。フレッドさんは、喜んでいるのか悲しんでいるのか発言のせいでよくわからず、ケイラさんはキラキラした目でモフモフを見ている。


「訓練どころではなさそうね。屋敷に戻りましょう」


 2人の様子を見たクレルの意見に賛成して、腕の中で大人しくしているモフモフも連れて屋敷に戻ることにした。


 部屋に着くころには、モフモフは腕の中で眠っていた。


「よほどリゼさんの腕の中が気持ち良かったのね」


 フレッドさんもケイラさんも、モフモフの寝顔を見ている間に落ちついたようだ。


「しかし、本当にあの木に聖獣がいたとは。父上にもお見せしたかったよ」


「本当ですわね」


 元々そんな話があったのだろうか。眠ったモフモフを、そっとソファの上に置きながら話に耳を傾けた。


「あら、何か知っていたの?」


 クレルが聞くとフレッドさんは懐かしそうに目を細めた。


「我が家の記録に、曽祖父がいくつかの木を植えたとあってね。色々試したが、あの木だけは大きくならなかったそうだ。私はあまり信じていなかったけれど、父上が聖獣が住んでいるのではないかと亡くなるまで熱心に研究していてね。まさかと思ったよ」


「えぇ、あなたは元々その大きさの木なんだと言っては、夢がないと言われてましたものね」


「木に聖獣が住むなんてお伽話と思っていたからね。だが、クラウスはいつも父上の後ろについて木を見ていたな。帰ってきたらきっと驚くぞ」


 小さい頃のクラウスさん、信じてたんだろうなぁ。


「どうして木の中に住むのかな?」


「すーぅぴぃーすぅぅ」


「「「「…………」」」」


 モフモフの寝息が部屋に響いた。みんなの気持ちが一致したはずだ、尊い……! 実際尊いんだけどね、とクレルがつぶやいてる。たしかに。


「成長するまでの隠れ蓑なんじゃないかと言われてるけど、詳しくは分からないのよね。ただ聖獣が住んでいた木は聖樹になると聞いた事があるわ」


 クレルの聖樹発言を聞いた、フレッドさんとケイラさんは抱き合って喜んでいた。


「聖獣は神の使いだと言われているけど、聖樹ってどんなものなの?」


 神聖なものだということは、名前からも予測できるけれど聖獣と同じように神さまの木なのかな?


「我々、魔術師も聖獣についてはリゼさんと同じような認識だな。聖樹は、万能薬神級ポーションの材料という伝承や神の休息の場といわれているね」


 ポーションの材料になるんだ! すごいポーションになりそう。


「聖獣が神の使いと呼ばれるのは、聖獣が人を襲う魔物と敵対する関係から人間が言い始めたのよ。聖樹は、聖獣の魔力干渉を受けて聖なる木になる……だったかしら。私もお母様の受け売りだから」


「クレルでも知らない事ってあるんだね」


「もちろんよ、私はまだまだ若い精霊だもの」


 クレルって何歳なんだろう。フレッドさんやケイラさんの前で聞くわけにはいかないよね。女の子なんだし。


「ありがとう、貴重な話を聞けたよ。領地に戻らずにしばらくこの木の研究をする事に決めた」


 爽やかに宣言するフレッドさんと「研究者の血が騒ぐわ!」と拳を握りしめるケイラさんは、似た者夫婦だ。


「そうだわ! ここにいれば、リゼさんの温泉も完成まで見届けられるわね」


 デザインと設計はケイラさんが受け持って、施工はケイラさんが贔屓にしているミヤビという職人さんに頼む事になっていたのだ。

 ケイラさんは領地に戻るから、最後まで見れないと嘆いていたのだけど。


「お2人が領地にいなくて大丈夫なんですか?」


「半ば隠居しているからね、ハリーに家督を譲る良いタイミングかもしれないね」


「そうね、そろそろ任せても良さそうだわ」


 ハリーさんとは、数年前に婿入りしたクラウスさんのお姉さんの旦那さまだ。王都の西側に位置する農村地帯がオルドリッジ家の領地エーベルで、国中が不作続きの時でもエーベルは不況知らずと言われるくらい豊かな土地らしい。


「そうなると、一度領地に戻らないといけないな。1週間で手続きを終わらせるか……」


「では、私もその間に設計図をまとめて職人に連絡をとりましょう」


 モフモフと出会って30分足らずで、フレッドさんは隠居を決め「クラウスに、1週間後に戻ると言伝を頼んでいいかい?」そう言うと2人は転移魔法で領主に帰って行った。


「行きも帰りも急だったね」



 その後、帰ってきたクラウスさんに状況を説明してモフモフを紹介した。

 フレッドさんが隠居する為に領地に戻ったと話すと、大きなため息をついていたが「義兄上なら心配ないな」と異論はないようだ。


「本当に聖獣がいたとは」


 モフモフを見た時のクラウスさんは、思ったほどの驚きは見せなかった。


「もっと驚くかと思いました。小さい頃、クラウスさんもお爺さまと木の観察をしてたんですよね?」


「驚いているが、最近は規格外な事が多くてな。特に君が。……ところで、なぜそれを知ってるんだ?」


 怪訝な目を向けられているけれど、別にクラウスさんに興味があって調べたりしている訳ではない。


「フレッドさんが言ってたわよ」


 クレルのフォローで納得したクラウスさんは、そわそわしながら私の腕の中で気持ち良さそうにしているモフモフを見ている。触りたくて仕方がないようだ。

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