趣味は実益を兼ねる〜緑の魔力持ち 庭の畑は今日もにぎやかです〜
おしるこ
第1話 回想 訪問者
朝日が部屋に差し込み窓の外からチュンチュンと小鳥の鳴き声が聞こえる。このままベッドで寝ていたいがそうもいかず、ゆっくりと体を起こして両手を上に伸ばした。
ベッドから立ち上がって窓を開けると、そよそよと心地よい風が部屋に入ってきてカーテンが揺れる。
「今日もいい天気ね」
窓からは畑と花壇が見える。一人で育てるには少し広いけれど、毎日の食事と町へ売りに行き生活の糧にするには丁度良い大きさだ。
元は森で仕事をしていた木こり夫婦の小さな家だったのだが、生きてるうちに親孝行したいからと娘夫婦が王都で一緒に暮らそうと連れて行ったのは一年程前だ。そして今は私がこの家と畑の管理を任されている。
物心つく前に両親を亡くした私を引き取って育ててくれたのは母方の祖母だった。その祖母と二人で慎ましく暮らしてきたが私が16才の時に亡くなった。
ベッドで過ごすことが多くなった祖母の横に椅子を置きそこで本を読んだり、草木に詳しい祖母に話を聞く時間が増えていったある日、十分生きたしおじさんも待っているから死ぬのは怖くないけれど、私を一人にするのは心配だと優しく頬に触れ「お守りよ」と祖父から初めて貰ったプレゼントだと懐かしそうに話し緑色の石のペンダントをそっと私の首にかけ抱きしめてくれた。
その数日後祖母が亡くなった。葬儀を終えるとすぐに村の若い男達が家にやってきた。女一人では暮らすのは危ないと最初は優しく話掛けてきたが、たった一人の大事な家族が亡くなったのだ、まともに対応も出来ず帰って欲しいと伝えていたら 「せっかく優しくしてやれば」 「もう身よりもないのだから黙って嫁に来ればいい」など勝手な事ばかり言ってきた。
今なら殴り飛ばしてやりたいが、当時は祖母を亡くした悲しみと村人の変わり様が怖く夜中にこっそりと少しの荷物と形見のペンダントだけを持って村から逃げ出したのだ。若い娘が少ない村だった。きっと無理やり誰かと結婚させられていた。
祖母が生前、丘の花畑がよく見える場所から散骨して欲しいと言っていたのは私がこの村に囚われてしまうのを危惧していたのかもしれない。そうでなければ、私はあの村からすぐに出ることは出来なかったはずだ。
村を出てからは当てもなく一人で旅をしていたのだが疲労と空腹で倒れてしまった。今考えば無謀だが幸いにも野犬や盗賊などに会うことは無かった。お金が尽きてからは野草や木の実を食べて何とか凌いでいたが、育ち盛の体には栄養が足りなかったようだ。
倒れていた私を見つけてくれたのが森で仕事をしていた木こりのジェフさんだった。真っ青な顔で倒れている姿を見た時はもうダメかと思ったが息があるのを確認するとすぐさま家へと運び奥さんのライラさんと付きっきりで看病してくれたそうだ。
と言うのも倒れる前後の記憶をはっきりと覚えていない。
目を覚ますと 「若い娘が一人でふらふらするな! 」と怒られた。弱りきった体に怒鳴り声はもう一度気を失いそうになったが、旅でボロボロになった服じゃなくゆったりとしたワンピースを着ているし、ベッドにも寝ている。怒鳴った男の人も目をみると心配しているのが分かった。
(あぁ、きっと助けてくれたのだな……)
まだはっきりしない頭で考えると謝罪とお礼を言い身寄りもなく住む場所もないので旅をしていると話した。横にいた女性が 「大変だったね、森で倒れていたんだよ。2日間も目を覚まさなかったんだ。この人はジェフで私は妻のライラよ」 と優しく背中をさすってくれた。
ジェフさんは一瞬言葉を詰まらせ、小さく 「……怒鳴って悪かったな」 と謝った。ライラさんの 「さぁもう少しゆっくり休みな、何にも心配しなくて良いからね」 と背中を行き来する暖かな手に祖母を思い出し胸が痛んだがいつの間にか眠ってしまっていた。
次の朝、目を覚ますと焼きたてのパンの匂いがしてきた。すーっと息を吸い込むと何とも幸せな気持ちになった、しかし体は限界だった様でぐうぅぅぅっと動物が唸り声を出している様な音がお腹から響いた。いつから居たのかノックと同時に扉を開けたジェフさんが「おぅ目がさめたか。腹も空いてるようだな朝飯も出来きてるぞ」
とガハハハっと笑いながら去っていった。
またぐうぅぅぅんんとお腹がなった。
部屋を出るとすぐにキッチンとテーブルがあった。ジェフさんはもう食べたようでひと仕事してくらぁと出かけていった。家の横に作業場がありそこで木の加工などをしているとパンとスープを並べながらライラさんが教えてくれた。
「さあ温かいうちにお食べ」
ふわふわのパンはライラさんの手作りだった。
「若い頃は街の人気パン屋で働いていたんだよ。私は洗濯物干してくるから、ゆっくりお食べよ」
久しぶりの食事はじんわりと体に染み渡って生き返るようだった。
「ご馳走様でした、ライラさん……ありがとうございます」
少し声が震えたのは久しぶりの温かな食事だけが理由ではなかった。
「話を聞いてもらえますか?」私がそう言うと勿論さとライラさんは笑って「ちょっと待っておくれね、主人も呼んでくるから」 と作業場のジェフさんに声をかけた。
ジェフさんは直ぐに帰ってくると心配そうに「もう大丈夫なのか?」と聞いてきた。辛ければ無理に話す必要はないと小さな声で言ってくれたジェフさんの心使いに「大丈夫です」と自然と笑えていた。隠すような事も無かったしジェフさんとライラさんには全部知って欲しかった。名前はリゼである事とからこれまでの経緯を全て話した。
腕を組んで話を聞いていたジェフさんはしばらく目を閉じて「そうか、じゃあここに居たらいい」そう言うと頭をワシャっとひと撫でして仕事に戻って行った。
ぼう然とジェフさんが出て行った方を見ていると、「あんたが身寄りがいないって最初に言ってた時から、決めてたんだよ」
と何でもないように言うライラさんは「私たちには娘が居てね、今は結婚して王都にいるんだけどリゼちゃんと年は同じくらいかねぇ。ほっとけないだろ?」と笑った。
ここに来てずっと我慢してた涙が止まることなく流れでた。おばあちゃんが亡くなり悲しむ間もなく村を飛び出し、1人であてもなく旅をして来た。宿に泊まれるほどの十分なお金もなく、食べものも1日1食あればいい方だった。
「年頃の娘がこんなにやせ細って、辛かったねぇ」
優しく背中を撫でられながら私はまた眠りに落ちた。
……ライラさんの手は神様の手に違いない。夕方起きて呟いていた私にジェフさんが「か、かあちゃんの手が神様の手だ……と……?」とヒィヒィ笑っていたのでライラさんから「わたしゃ、あんたの母ちゃんじゃないよ!」と特大のゲンコツをもらっていた……。
ジェフさんは、その間ライラさんに 「若い娘が1人で倒れているなんて訳があるに決まってるじゃないか!
心配なのは分かるがそのすぐ怒鳴るクセ直しな!! 」 と叱られていたようだ……。
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