奴隷少女は『Uターン』の意味を知らない
奈名瀬
王都から召喚された村へ戻る車中にて――
Uターン現象……確か人口還流現象のひとつだったか。
地方から都市部へ移住した者が、再び地方へ戻る。
「だったらこれも、Uターン現象って言うのかねぇ」
「ご主人様? どうかされました? 『ゆぅたぁん』?」
王都を馬車で出立して一週間が経った。
目的地である村――もとい、この世界に召喚された
どうやら、俺の奴隷である少女の関心を引いてしまったらしい。
「ただの感傷的な独り言だよ。自傷的なポエムと言ってもいい」
「ポエム……って、ご主人様の世界の言葉でしたよね。確か『詩』のこと。じゃあ、さっき言った『ゆぅたぁん』とは、花か何かの名前なのですか?」
「お前……俺が花について詩でも歌うような少女趣味を持っているとでも思うのか?」
「うーん……そういう一面があっても素敵だと思うのですけど」
「勘弁してくれ……」
思わずため息が口を衝いて出た。
「例えが悪かったな。ポエムってのは忘れろ。あと『Uターン』って言うのは花の名前でも何でもない。これも俺のいた世界の言葉ではあるんだが……そうだな、なんて説明したものか」
あごに指を添え「ふむ……」と思案を始める。
すると、奴隷の少女はじぃっと俺を見つめながら、今か今かとそわそわしだした。
こういう、こいつの好奇心に付き合うのは嫌いじゃない。
だが、あっちの世界の言葉を説明する時は、いつも少し苦戦させられた。
「自分の不勉強を呪う瞬間だな……」
「ご主人様?」
「いや、なんでもないよ――」
こっちの世界に飛ばされた時、大抵の言語は異世界語に翻訳されるようになったみたいなんだが……今みたいに、たまに通じない言葉がある。
和製英語なんかがそれにあたるようだが……でも、確かUターンは真っ当な英語だった気がする。
まあ、そんなことはいいか。
今は、目の前のいたいけな奴隷少女の疑問符に全力で応えなければな。
「——『Uターン』って言うのは『U』と『ターン』という二つの言葉を繋げた単語だ」
「『ゆぅ』と『たーん』?」
「そう。『U』と『ターン』だ。ああ、『U』って言うのは俺のいた世界の……俺にとっての外国の文字のひとつだ。こう左上から線を下ろし、中心線に向かって緩やかな曲線を描きながら、その後で、今書いた線とちょうど対称になるよに緩やかな曲線を右上に向かって伸ばしていく」
中空に指で線を描きながら説明すると、奴隷少女は「ふむふむ」と頷きながら荷馬車の方へ頭を突っ込む。
一体何をしているのかと思えば、すぐに紙とペンを取り出し、線を描き出した。
「えっと……つまりこれが『
広げられた紙を見てみると……そこには『U』というよりは『V』と言った方が似つかわしい線が描かれている。
「いや、もう少し丸めるんだ。貸してみろ」
片手を手綱から離し、ペンを受け取ってから紙に『U』を書く。
その様子を見ながら奴隷少女は「おー」とおもしろそうに感嘆の声をあげた。
「それでそれで! 『たーん』というのは何なのですか?」
「ああ。『ターン』って言うのは『反転』という意味の言葉だ」
「反転……それでこの『U』と『たーん』を合わせた『Uたーん』にはどう言う意味があるのですか?」
「意味か……意味は、簡単に言うと『行って戻る』ということになると思う」
「行って……戻る?」
奴隷少女はきょとんと首を傾げ、不思議そうな眼差しを返した。
そんな彼女の持つ紙に書かれた『U』の字を指差し、自分なりの解釈を話して聞かせる。
「ほら『U』という字を見てみろ。線が上から始まって下に降りた後、中心線を通ってからまた上に戻るだろう?」
「……えっと、はい」
「これを『道筋』に見立ててみろ。こう、上から下へと目的地に向かい、折り返し地点を通ってまた元来た上へと戻る……ちょうど『U』の字のような軌道を描きながら反転するようにな」
「……つまり、この『U』という字の形に進路を変えて逆戻りすることを『Uたーん』というのですね!」
「……そうか。そう言えば良かったのか」
「そっちの方がわかりやすかったな」と、笑いながら奴隷少女の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「それで、ご主人様。Uたーんはわかりましたけど。なぜさっきご主人様はこの道を通りながら『Uたーん』という言葉を口にしたのですか? この道は蛇行こそしていますが王都から村までの一本道の筈ですけど」
『U』の字のように、大きく曲がるような道はない、と奴隷少女は言いたいのだろう。
「そうだな、その通りだ」と彼女に同調しながら、どこまで伝わるだろうかと半ば諦めながら自分の知っている範囲で言葉を紡いだ。
「俺のいた世界には『人口還流現象』という考え方があってな。その考え方のひとつに『Uターン現象』というものがあるんだ」
「Uたーん、げんしょー?」
「ああ。地方から都市部へ出た者が、また地方へ戻ることを意味する」
「えっと……ちほ……としぶ?」
奴隷少女の頭の上にたくさんの疑問符が浮かぶ。
彼女の頭を撫でながら「わかりにくかったな」と謝った。
「つまり、あれだ。貧しい故郷の村を出て金を稼ぐために王都に移住した若い冒険者が、また故郷である貧しい村に戻る……ということだ」
直後。
「なるほど! なんだ、そう言うことですか」
奴隷少女はぱっと晴れやかな顔をして、得心がいったとばかりに笑ってみせた。
「まったく、ご主人様はいつもわざわざムズカシイ言葉を使うんですから」
「そ、そうか?」
「そうですよ、だって『
瞬間――彼女の柔らかい微笑みが、胸の奥にしみわたる。
「……そうか。そう、なるのか?」
「はい。きっとそうですよ」
「そうか……そう、だな」
「なるほど、なるほど。ご主人様は久しぶりの里帰りが嬉しかったのですね」
「……はは。かなわないな、お前には」
奴隷少女の言葉は、不思議となんのわだかまりもなく、すとんと胸の底に落ちた。
そうか。いつの間にか俺は……この世界に、そんな風に感じる場所ができていたのか。
つい笑みこぼれる。
だが、俺が口元を緩めた途端「あっ!」と奴隷少女が叫んだ。
「ど、どうしたっ?」
「思い付きました! ご主人様っ、村に着いたらこれでお守りを作りましょうっ」
彼女は先程紙に書いた『U』を指差しながら、そんなことを言う。
「お、お守り?」
「はい! お守りです! この『U』の形の首飾りとかを作りたいです!」
「それは、どうして?」
なんでそんなもので、しかも『お守り』になんだろう?
奴隷少女に向かて今度は俺が、彼女がしていたように首を傾げて見せる。
すると、彼女は――。
「だってコレには『行って戻る』って意味があるんですよね? だったら『行って、無事にまた帰ってこれるように』って、そういうお守りになるじゃないですか」
——そういって、嬉しそうに答えた。
「そうか……そうだな」
胸の奥が……温かい。
確かに、もうここは……お前と出会った場所——いや、今お前のいる場所が俺にとっての故郷になっているのかもしれないな。
「だったら、急がないとな」
「はいっ」
「さあ、行くぞ! 『
奴隷少女は『Uターン』の意味を知らない 奈名瀬 @nanase-tomoya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます