プロジェクトU
真偽ゆらり
Uターン特集 〜都帰りの建築士〜
はじめまして地球の皆様、こちら異世界社編集部の記者Uターン特集担当です。
規程に則り社名を異世界社と伏せさせていただいております。また、規程により一部名称を控えさせていただいていることをご了承ください。
遠く離れた地と聞く、地球の皆様に本社の記事をお届けできるのを大変光栄に思っております。
お時間がございましたら本記事に目を通していただけると幸いに存じます。
Uターン就職。
故郷から大都市へ知識や技術を求め上京し、学び身につけた技能を持って故郷で仕事につく者。
我々はそんな人々の背中を追った。
彼は我々が追ったUターン就職者の一人。
Uターン建築士さんである。
彼は失恋を機に上京し、建築士となった。
始めは建築現場の日雇いで働きながら建築の勉強を続け、経験と知識を積み重ねたそうだ。
そんな日々を過ごしていた彼は、ある日現場の親方から設計のアイデアを求められた事をきっかけに一端の建築士へと成長していくこととなった。
Uターン就職することになる頃には、一人前の建築士としていくつもの仕事をこなしていた。
何を隠そう我が社の新社屋の建設も彼の手によるものである。
ちなみにであるが、失恋の理由を伺ったところ。
彼女に『筋肉が足りない』と振られたそうだ。
彼の体格はかなり筋肉質なのだが、上京前は標準的だったらしく振られてしまったとのこと。
現場で働くうちに体が鍛えられて筋肉質な肉体になったのは、なんとも皮肉なことである。
さて、彼が故郷へUターン就職することになったのには当然理由がある。
彼の勤めていた建築会社が倒産したのだ。
彼に非はなかったが風評被害が激しく、伝手が無かった彼の建築業への再就職は難しかった。
そんな時に届いたのが、上京のきっかけとなった彼を振った幼馴染みからの手紙だった。
彼の故郷で四年に一度、『異世界オリンピア』と取材中に命名された奇祭が開催される。
その祭りの運営委員となった彼女から、『新陸上競技場の建設を考えている。手掛けてくれる建築家を紹介してくれないか』と書かれた手紙を受け取った彼はその日の内に故郷へと足を向けたのだった。
『異世界オリンピア』とは、全裸の選手が徒競走や円盤投げ、高跳びなど様々な競技を行う祭りだ。
近年は女性競技者の増加もあり、回を重ねるごとに盛り上がりを大きくしている。
格闘技や球技も一、二種目ではあるが行われる。
私も取材の際に観戦させてもらったが、全力で競い合う選手達の紡ぐ刹那の物語は引き込まれるものがあり、全裸に対して邪な気持ちもあまり湧いてこなかった。次回から観戦券の抽選に勝たなければならないのが残念なほどだ。
故郷へと帰った彼を出迎えたのは歓迎の声では無かった。彼と取材のため同行した私達を見て、何故建築士の人を連れて来なかったという顔をして出迎えられたのだ。ただ、彼の幼馴染みが、筋肉質になって帰ってきた彼を喜んでいたのは救いだった。
彼が建築士になったことを故郷の人々に話すが、信じてもらえず私が説明する羽目になったことも付け加えておく。
なんでも、故郷を出る前の彼は祭りに対し常に消極的だったことが原因らしく、祭りを失敗させる為に帰ってきたと思われたらしい。
彼に話を聞くと、幼馴染みの彼女が祭りに参加する選手達に夢中で振り向いてもらえなかった嫉妬心ゆえの行動だったそうだ。帰って来たのも、祭りを失敗させる為ではなく、立派な新陸上競技場を建設して彼女に喜んで欲しかったからとのこと。
未だに一途に彼女を想っている彼に私は少し感心してしまい、思わず『行動で示す他ない』とアドバイスを送ってしまった。
彼の行動は早かった。
実家に帰って早々に新陸上競技場の設計に取り掛かったのだ。
数日で何枚かの原案を描き上げた彼は運営委員会の会議に乗り込み、己の実力を認めさせた。
彼は新陸上競技場の建設を任せられることになるが、観客席を高くする設計に対し、距離が離れると見づらいからなんとかしろと注文が入る。
この注文には彼も頭を悩ませた。
観客席を高くし階段状にすることで多くの人を収容し観戦してもらえるようになるが、選手達と距離が離れる分見づらくなるのは間違いなかった。
双眼鏡を用意する意見もあったが、人数分用意するには予算が無く、持参してもらうには観客の負担が大きくなり過ぎる為却下せざるを得なかった。
その難問を解決するきっかけとなったのはなんと私だった。正確には、私が本社へと報告を送る為に利用していた共鳴板だ。
共鳴板は一対の魔道具で、片方に文字を記すともう片方にも文字が記されるようになっている。
これの送信側を鏡にする事で、受信側に鏡に映った像が表示される。これを利用するというのだ。
しかし、大きな問題があった。この魔道具は情報量に比例して必要な魔力がかなり大きくなる。
競技風景を映すとなると鏡の大きさはとんでもない大きさになり、必要な魔力も一秒映すだけでも運営委員全員の魔力をかき集めても全く足りない。
だが、彼は何とかなると言った。
「運営委員の人数で足りないのならもっと大勢から集めればいい。」
そんな事を言う彼に何処にそんな人がいるのかと問うと。一言。
「観客」
目から鱗だった。彼の設計した競技場の収容人数を考えると、一人一人からちょっとずつ魔力を集めるだけでも十分お釣りが出るくらいだ。
空席が多く出ると問題だが、観戦券を購入して貰うので観戦人数も把握できる為問題が無い。
彼によく思い付いたと、思わず称賛を送ると都市ではよく利用されていると教えられた。
しかし、思い当たる節が無く、何に利用されているか尋ねた。
都市の結界がそれに当たるそうだ。
過去の仕事で、都市の修復工事を手伝った際に教わったとのこと。
これで設計の問題はひとまず片付いたのだった。
設計が終わり、新陸上競技場の建設が始まった。
ちょうどこの時、祭りの名前が決まり都市の名前に『リンポス』が採用された。
そして、競技場の名前も祭りと都市名にあやかって『異世界オリンポス競技場』と名付けられた。
順調に進み始めたと思ったが、またも問題が発生した。現場との衝突だ。
運営委員の信頼を得られた彼だったが、建設現場の人達からはまだ受け入れられていなかった。
彼が一度故郷を出たこと、新しい建築方式で戸惑っていることが重なり現場の職人達は彼を受け入れられないでいた。
彼はめげなかった。
初心を取り戻すのちょうどいいと、現場に出て工事を手伝い始め、新しい建築方式に戸惑っている人達には懇切丁寧に何度も何度も説明を行い手本を見せ、手解きをしていった。
人一倍働く彼を見て、職人達も負けてなるものかと気合を入れて工事を進めるのだった。
次第に彼らは打ち解けあっていき、いつしか彼は仲間として受け入れられていた。近くで取材していた私も巻き込まれて、工事を手伝っていたので私も仲間の一員となっていた。おかげで、身体が引き締まり妻に惚れ直したと言われました。
そして、ついに新陸上競技場の完成した。
その後、開催された祭典は大盛況のまま幕を下ろした。
祭りの後片付けも終わり、都市は静けさを取り戻していた。
静かさを取り戻した都市をひとしきり瞳に収めた彼は、都市に背を向け歩き出す。
ここでの仕事は終わったのだ。
幼馴染みの喜ぶ顔を見れて満足だと、彼は故郷を去ろうとしていた。
「待ちなさい。次は選手達の過ごす施設を建ててくれないかしら。今、向こうへ帰っても仕事ないんでしょ? 記者の人に聞いたわよ」
幼馴染みの彼女が彼を呼び止めた。
彼の返事を待たす彼女は続け様に言う。
「私の喜ぶ顔が見たいなら! ずっと私の隣にいて私を笑顔にさせてよ……。今度、私の前から勝手にいなくなったら承知しないからね!」
彼は昨日の夜に彼女へ何故帰ってきたのか、そして自分の想いを伝えていた。これは、その返事なのだろう。
「君が好きだ! 初めて会った時からずっと! 君にずっと笑顔でいて欲しい。結婚してくれないか」
「ばかね、遅いのよ。どれだけ待ったと思ってるのよ。……ちゃんと笑顔にさせてよね」
ここに新たに一組夫婦が誕生した。
後で聴いた話だが、彼の失恋は勘違いだったようで、あれは彼女の照れ隠しだったそうだ。
これはUターン就職の取材で最高の結末を迎えた一つの結果である。
失敗に終わった結果もあった。
あなたが、今の職場が合わないと、住んでいる街の雰囲気が合わないと感じたなら一度故郷へ帰ってみるのもいいかもしれません。
故郷で転職しろと言っている訳ではありません。
今の自分に疲れたなら、故郷で懐かしい人に会うも良し、懐かしい風景に包まれるも良し、良き思い出に浸るのも偶には良いものです。
あなたの人生はあなた自身のものです。
それをゆめゆめお忘れなきよう。
ご高覧いただきありがとうございます。
プロジェクトU 真偽ゆらり @Silvanote
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