第63話 母の愛と叱咤
「オイゲン、最近の貴方の所業は目に余るものがあります」
母さまが怖い目で俺を睨みながら俺を叱り付けている。
俺はそんな母さまの前で直立不動の姿勢を崩さない。
何しろ少しでも動くと怒られるのだから。
「それで、貴方は何で私に怒られているか分かってるのかしら?」
そう、それなんだ、いったいどの件だろう?
ここ最近の出来事を思い出すに母さまに怒られそうな事ばかりなのだ。
どの件だろうかと思い悩む俺を見て、母さまは呆れた様な悲しそうな顔を俺に向ける。
「まったく、貴方は。
貴方が帝国の女ばかりを集めて薔薇の騎士と呼称している集団ですが領民から何と言われているか知ってますか」
「私の薔薇の騎士達を領民が別の呼称で呼んでいるとは知りませんでした」
知らない訳が無い、本当は知っているのだ。
薔薇の館を領民が次期御領主さまのハーレムと呼んでいる事ぐらいは。
「オイゲン坊やのハーレム、そう呼ばれているのですよ」
呆れた声で母さまが教えてくれる。
でも、オイゲン坊かあ。
坊や呼ばわりに俺の反骨精神が刺激される。
「母さま、私をオイゲン坊やの呼ばわりする輩が私の事をどう思おうと別に問題は無いと思います。
その様な輩は私がどお振舞おうと私を誹謗中傷するでしょう」
そんな奴らは知った事じゃ無い、母さまにもそれはわかって欲しいのだ。
「オイゲン、貴方の言う事は道理です。
でもそれは、誹謗される内容に何の後ろめたさも無い人にとってですね。
貴方は、帝国の女達が自分のハーレム要員と言われることに心当たりはないのですか」
そりゃあ、全員のおっぱいは吸ってるさ、でもポーションのためだ。
「母さま、彼女達は貴重なポーションの作成要員です。
ただ、母さまもご存知の通り私のポーション作成のやり方は私を気に入らない人間にとって揶揄する余地があるのも事実です。
でも、それはポーションを作る上で被らなければならない汚名と覚悟しております」
「そう、自覚と覚悟はあるのね。
ならば、不用意に付け入られる隙を見せない事の重要性も分かっていますよね」
「はい、仰せの通りです。
私が彼女達に接するのはあくまでポーションの作成が目的です。
その姿勢を堅持する必要は肝に銘じております」
ここまでの母さまとの受け答えは上手くいっているはずだ。
「では、今朝の騒動はなんですか」
今朝の騒動、何で母さまがアレを知っているのだ?
薔薇の騎士たちと新しく来た女達、具体的にはゴブリンの子を産んだ女達だが。
その両者が俺をめぐって今朝の食事の場で争ったのだ。
いわゆる、キャットファイト。
つまりは取っ組み合いだ。
原因は俺がゴブリンの子を産んだ女達を抱いたことに起因する。
心のケアをする為に抱いたはずなのだが、女達が俺に抱かれた事で自分達が俺にとって特別な存在であると思い込んでしまったのだ。
その結果、何かにつけて俺に付き纏いべたべたするようになってしまった。
俺も、その行為をゴブリンの子を産んだトラウマを吹っ切るための行為だと思い特に咎めることもしなかった。
でも、薔薇の騎士達にとってそれは許されない行為だった。
俺を崇めている薔薇の騎士達からすれば俺に抱かれた事で俺の愛情を当たり前と思い、俺と対等足らんとする女達は増長する許せない存在になったのだ。
それで女達の中が険悪になってしまった.
両者は帝国では先輩と後輩にあたるはずなのに、対立してしまったのだ。
薔薇の騎士たちから見れば俺の厚意に付け込んで俺を自分達の恋人扱いして、我が物顔に振る舞う後輩達が許せない。
後輩達からすれば自分たちは俺にとって特別な存在、そんな私たちを敬わない嫉妬深い先輩達が気に入らない。
両者の持つ思いからすれば今朝の騒ぎが起きたのは必然ともいえるのだ。
でも、今朝、それも薔薇の館の中で起きたことを本当に母さまは知っているのだろうか?
「なんですか、その不思議そうな顔は。
私とて領主の妻です、領地を治めるための目も耳も持っていますよ」
「母さま、今朝のアレは女達に良くある取るに足らない喧嘩です。
母さまがご心配になるほどの事ではありません」
あっ、これはダメなやつだ、俺の言葉を聞いた母さまの顔の失望が浮かんでいる。
「オイゲン、私を失望させないでね。
言ったでしょう、目も耳も持っていると。
ねえ、オイゲン、貴方もあの人の子供です、女たらしなのは血筋でしょう。
ですから女を抱くなとは言いません。
でも、情けで救った女達に増長される様では示しがつきませんよ。
ちゃんと弁える様に教育しなければいけませんね」
母さまも、貴族の、それも領主の妻なんだな。
この年で女を抱くなんてなんて不謹慎なのでしょう、とか言う感じで怒られると思ったんだがな。
女を抱く事では怒らないんだ。
でも、女たらしとは言われたく無いな。
「母さま、あの物達を抱いたのは治療の一貫です。
男女の情などからでは無いのです」
「ええ、そうでしょう、そうでしょうとも。
オイゲンはゴブリンの子を産んだことで人として扱われなくなると怯えていた女達の心を救うために女達を抱いたのでしょう。
その結果、自分たちはまだ男に求められるんだと思わせたのよね。
その思いは女達の救いになったはずです」
「そうです、母さま、その通りなのです」
「でもね、その帰結として女達が貴方に執着するの。
そこに思い至らなかったこと、更にはそれに気づいてからも何も手を打たなかったこと。
それは貴方の失態です」
俺は母さまの正しい言葉に何も言い返せなくなってしまった。
全てその通りなのだ。
今でさえどうすれば良いか判らないのだ。
俺に依存する女達を切り捨てれば折角治りかけている女達の心が壊れてしまうのではないか?
それが恐ろしくて俺は女達の勘違いを諫めることが出来ないのだ。
「母さま、全て母さまの仰せの通りです。
オイゲンの失態で薔薇の館の女達が私をめぐって争っています。
放っておけば、外に私をめぐる痴話げんかとして広まるでしょう。
そして、私は自分のハーレムでさえ纏めることが出来ない能無しと嘲笑われるでしょう。
でも、母さま、私はどうすれば良いか判らないのです。
私に依存する女達を切り捨てることが出来ないのです」
「オイゲン...」
「オイゲン、貴方は優しすぎるのです。
でもそれは貴方の美徳でもあります。
確かに貴方が貴方に依存する女達を切り捨てればあの者達はまた壊れるかもしれません」
母さまは、俺の顔をじっと見つめている。
「でもね、全てをオイゲンが背負う必要はないのです。
父さまも母さまもオイゲンの味方なのですよ。
オイゲンをいつでも助けますよ。
だから、もっと私たちにオイゲンは頼りなさい」
「母さま...」
「では、この件は私に任せてくださいね」
「よろしいのですか」
「ええ、オイゲンが優しいのは良く知ってますからね。
この件はこの先はオイゲンがタッチしないほうが良いのです」
母さまが全てを引き受けてくれる、それは甘い誘いだ……
「でも、私が何もしないのは...」
「オイゲンには別にやってもらう事がありますよ。
この間、オイゲンが言った亜空間倉庫を使用する貿易の件を進めてもらう必要があります」
なんだろう、ここでなんで貿易の話になるんだ?
「貿易の件ですか、それはもちろん進めようと思っています」
きっと俺は不思議そうな顔をしているはずだ。
「そう、それは良かったわ。
では、急ぎ旅立ちの支度をしてルースとポッズに向かうのです」
「ルースとポッズに向かうのですか」
「そうですよ、亜空間倉庫の扉を開くためには一度はその地に立つ必要があるのでしょう」
「それは、その通りですが」
「オイゲン、良いですか。
オイゲンはルースとポッズに向かう必要があるのです。
そして、薔薇の館の騒動を収めるにはオイゲンはいないほうが良いのです」
俺はいないほうが良い、全てを母さまに任せる、それで良いのだろうか?
そんな俺の心を見透かしたように母さまは慈愛に満ちた表情で俺に言うのだ。
「オイゲン、貴方は見た目が育ち過ぎました、でもまだ八歳の子供なのです。
子供の不始末は親が何とでもしますからね」
ああ、母さまはまだ俺を子供として甘やかしてくれるのだ。
俺は母さまの愛情に自分がまだ包まれる存在で居られるのだ。
「母さま、ありがとうございます」
俺は母さまにいつの間にか抱き着いている。
母さまはそんな俺の背中に手を廻し優しく背を叩いてくれる。
「オイゲンは、私の可愛い坊やなのよ」
母さまの優しい言葉と懐かしい匂いに俺は包まれる。
成人した前世の記憶も、12歳以上に成長した肉体も、そんなものはなんの関係も無いのだ。
俺は8歳の子供のオイゲンとして母さまの愛情にうずもれるのだった。
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