Tern

薫風ひーろ

第1話

かれこれ3日になる。


あたしが、"なんとかしないと" と、思い始めて

何も出来ずに過ごした日数。


結局、何も変わらなかった。

変わって欲しいと多分願っていた。

だからこそできるものなら

何か出来る策を考えれたのかもしれない。

何かは分からないけれど、もし、本当に今の状況を

変えようと思っていたら回避できる

手立てを見つけられたのかもしれない。


でも、

あたしは何も出来なかった。

むしろ何もしなかったのはこの状況が

変わらなければいいと、このまま時が静かに過ぎて

何事もなかったかのように、また過ごせればいいと

あたしは望んだ?


コランコロンコランコロン。


静かな部屋に竜巻きのような音が響き渡る。

爆発寸前のあたしの心臓は、一気に加速し


3時のアラームがあたしを停止させた。


☆☆☆




「あーあ。やっぱり駄目か」


背の高い男が白衣のまま近づいてきた。


「無理な回路設計のお陰で俺のジョナサリが

動かなくなるってどういう事だ。全くお偉いさんの考えることは分からん」


男はグイッとジュンリの顔を上に向けた。


「ああん、いい顔してんじゃねーよ。俺がイクだろうが。全くよ」


男はケッと息を吐き、コードをいじると部屋から出て行った。


☆☆☆





あたしの思考を止めたのはアイツ。

あたしはアイツを覚えている。

白衣から甘い香りが漂う無愛想な横顔。

完全でないあたしを罵るには丁度いい脅すような低い声。

あたしは忘れていない。

忘れるものですか。


かれこれ3日

あたしは悩んでいた。



☆☆☆


「もう終わりにしませんか根元先生」

男は携帯電話を肩で止めて耳に当てていた。


「まあまあ菜生ななせ君。まだ可能性はあるよ。そんなに早く終わらせなくても、ね」


「あーあ、呑気なこと言っちゃって」


「君だって諦めてないでしょ。まだ」


「・・るせぃ。俺はもううんざりなんだよ、先生」


「菜生君。心にもない事言っちゃって。僕は知ってるんだよ。他の人達にわざわざ帰るふりして夜な夜な家にも帰らずUターンしてここに来てるの

バレバレだから」


「あー、ほんとうるせぃ。マジ何なの。俺、暴れちゃうよ」


「まあまあ落ち着いて。僕は君のそういうところが好きなんだけだなあ。君には届かないもんな」


「何言ってんだ。しょーもない事言うんだったらもう切るわ」


「わっ、わっ、待ってよ。大事な事伝えておかなくちゃ」


「何?」


「あちらさん、目覚めたよ」


「・・・・そうか」


「うん。君のジュンリ覚えているといいね」


「・・・切るわ。じゃあな」


男は暫く天井を見上げていた。


☆☆☆


3日間も悩んでいたなんて誰かに話ししたら

笑われるかも、だわ。

あたしってつくづく駄目なんだ。

駄目だから嫌われたのかな。

何も変わらなかったあたしのせい。

何もしなかったあたしのせい。


だから、あたしと別れ

だから、あたしを捨てた


あたしを罵るには丁度いい声。

壁の時計が3時を迎えた。

あたしを捨てるには丁度いい時間。




あたし、






・・・・・・・ あたしは誰?



☆☆☆


「純菜理!」




甘い香りと罵るには丁度いい声、

アイツが呼ぶ。


頭がくらくらした。

目の前の景色が二重にも三重にも重なって色が重なるまるでトイカメラみたい。

アイツの顔も歪んで面白い。

ふふふ。

やだ、あたし笑ってる?


アイツ怒った顔してるのに、何故か笑ってる。

それが面白い。

あんた、その方がいいよ。恐い顔してないで、もっと笑えばいいのに。


「純菜理、大丈夫か!」


珍しく心配されてる?

まだ、愛があるのかな。

ううん、そんなわけない。あたし捨てられたもの。

貴方に捨てられた。


貴方の手があたしの身体を抱き上げる。

顔にかかる温かい滴。


雨?

なんて温かいんだろう。

何度も何度も顔にかかる。ああ、大雨なんだ。

ずぶ濡れになっちゃう。

風邪引いちゃうよ。早く部屋に入って身体乾かさなくちゃ。


ピーポーピーポーピーポーピーポー。


大きな音が頭の中でガンガン鳴る。


うるさいなあ。

近くで事故でも起きたのかな。


「純菜理、純菜理。俺が悪かった。俺が悪かったから、逝くな、頼むから生きてくれ。俺の側にずっといろ」


アイツの声を最後に

あたしの回路はプッと消えた。


☆☆☆☆


Uの字になった管を繋げた。

脳の損傷が大きく、治る見込みはなく生きてるだけで奇跡だと医者はサジを投げた。


俺は純菜理の脳に人工管を繋げて作り続けた。

顔は切り繋いでもう生身の顔は保っていない。

身体も正常に動く時間は短い。


俺はがむしゃらに純菜理を作り続けた。

純菜理を研究対象物として観察させてほしいと

金持ちがやってきた。

俺は純菜理を研究対象物としていたわけでないが、純菜理の維持費を考えれば好都合だった。


純菜理が目を覚ました時、俺は心底感謝した。

もう、身体も切り刻んで原型は留めていない。

それでも俺は純菜理の声を聞くと飛び跳ねるほど嬉しくなって涙が溢れた。

俺は、純菜理を愛し続ける。これからもずっと。


☆☆☆☆


3時が近づいてくる。あたしの頭がくらくらしだす。ひどい頭痛にあたしは狂ったように叫ぶ。


頭の中で行ったり戻ったりする道が3時が近づいてくるとドクドク留まる。その道は先に進む事をやめさせUターンを繰り返す。

何度も何度も引き返し、留まる。



アイツを愛していたあたし。

アイツに捨てられたあたし。

アイツを愛していたかどうか分からないあたし。

アイツに捨てられた3時。




あたしは頭痛に叫び、苦痛のまま停止する。







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Tern 薫風ひーろ @hi-ro-ko

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