Uターンとターンオーバー
橋本洋一
Uターンとターンオーバー
途中で立ち寄ったサービスエリアで珍しいものを見つけた。
珍しいというより、貴重と言い換えるべきかもしれない。
「おお。両面焼きか」
思わず声に出してしまい、周りの客から失笑を買う。
気恥ずかしい気持ちを覚えながら、私は目の前のハンバーグ定食を見る。
外国ではターンオーバーと言われる、目玉焼きの焼き方。それがハンバーグの上に乗っていて、見た目楽しく思える。
私は半熟が好みだが、両面焼きも嫌いではない。懐かしく思う気持ちで一杯だ。
窓の外を見ると、パラパラと雨が降っている。目的の方向は雨模様だと車の中で流れるラジオが言っていた。
あの日も雨だった。私はハンバーグと目玉焼きを一緒に切る――
互いに疲れていたのだろう。そう結論付けるしかなかった。
初めての恋人。もう十年前になる。
私たちは若かった。それでいて青かった。
なんでもできると思い上がっていた。二人だったらなんでも乗り越えられると。
しかし現実の壁は厚かった。叩いても殴っても壊れないくらいに。
私は当時、料理人を目指していた。昔から男のくせに料理が好きで得意だったのもある。彼女と出会ったのは、料理学校だった。当初、私には才能があるとうぬぼれていた。誰も敵わないとたかをくくっていたのだ。
それを覆したのが、彼女だった。彼女は私のような偽物ではなく本物で、技術も味覚も紛い物の私と違って本物だった。
彼女と付き合うようになったのは、いつぐらいだろう?
才能を知ったか知らないかくらいだった。
彼女の手料理を食べて、衝撃が走ったことを覚えている。
彼女は朝ご飯に必ず両面焼きの目玉焼きを食べる。
ご飯かパンかはその日によって違うが、必ずおかずは目玉焼きだった。
「どうして、目玉焼きを食べるんだい?」
私の問いに、彼女は軽く笑いながら答えた。
「シンプルな料理ほど難しいけど、その分自信があるからよ」
よく聞いてみるとシンプルな料理を作ることで八割の自信と二割の謙虚を得ることができるらしい。それによって安心を覚えるのだとも。
「だがどうして私にも作ってくれるんだ?」
「ふふ。決まっているでしょう? 自信のあるものを食べてほしいからよ」
別れは唐突ではなかった。
徐々に疲れ切っていた。
彼女が順調に料理人の道を歩み続けるのに対して、私はつまずいてばかりだった。
結局私は、地元のレストランで働くことになり、都会の料亭で働く彼女と別れる決断をしたのだ。
私の部屋を出て行く彼女は最後にこう言った。
「ずっと、一緒に居たかった」
私はこう返した。
「私以外の人間と一緒になりなさい」
最後の言葉は、ありがとうだっただろうか?
それとも身勝手ねだっただろうか?
閉まった扉の音が邪魔して聞こえなかった。
ハンバーグ定食を食べ終えた私は、サービスエリアを後にする。
満腹になったので、少しだけ眠かったが、眠気覚ましのガムを噛んで車を走らせる。
高速道路は一方通行だ。青春と同じでUターンできない。
ハンドルを握り締めて、車のアクセルを踏む。
そしてラジオを点けた。
「今週のゲストは料理評論家の――」
Uターンとターンオーバー 橋本洋一 @hashimotoyoichi
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