となりの席の女が俺にだけ毒舌なので理由を聞いたら『将来、あなたと結婚したいから』と言われて学園生活が一気に楽しくなった

三葉 空

1 俺にだけ厳しい女の訳

 最初、こんな美少女と隣の席になって、すごくラッキーだと思った。


「あなた、いつも髪がボサボサね。やる気あるの?」


 鋭く怜悧な黒い瞳で俺を睨んで言う。


 黒髪のロングヘアーをさらりとなびかせていた。


 確かに、あなたみたいなきれいな髪をしていませんが。


「……はぁ、すみません」


 本当は言い返してやりたいけど、俺みたいは何の取り柄もない平凡な男が、学園でも1、2位を争うほどの美少女相手に物申せるはずもなく。


 ただ今日も、この女の毒舌に耐える他ない。


「桜子ちゃん、おはよう」


 女子が毒舌女に声をかけると、


「あ、おはよう」


 奴は俺には決して見せない笑顔で微笑んだ。


 そう、誰に対しても毒舌を吐きまくる女なら、ああ、そういう奴なんだとあきらめがつく。


 けど、何が腹立たしいって。こいつが無愛想で毒を吐くのは僕に対してだけなのだ。


「よう、桜お嬢。今日も麗しいな」


「ちょっと、その呼び方はやめてよ」


 しかも、女子だけでなく男子にもちゃんと優しいし。


 カッコ俺以外……


「何よ、あなた。ジロジロ見ないでくれる? そんな濁った魚みたいな目で。もっとシャキっとしなさいよ」


 あぁ、何だコレ。


 俺の学園生活つまんね。




      ◇




 ぼっち気味の俺は、校庭の片隅にあるベンチで一人さみしくパンを頬張っていた。


「美味いな」


 傍から見たら寂しい奴だけど、でも俺にとってはささやかな安らぎの時間だった。


 この安いコロッケパンが心に染みるぜ。


「ちょっと、春日くん」


 嫌な声が聞こえた。


 俺はあえて気付かないようにシカトを試みるが……


「聞こえているんでしょ? 春日光一かすがこういちくん!」


「……これは、これは。東条桜子とうじょうさくらこさんじゃありませんか」


「何でフルネームで呼ぶのよ。ムカツクわね」


 そっちも呼んだろうが。


「何を食べているの?」


「見れば分かるだろ? 購買のコロッケパンだよ」


「ふん、栄養が偏っているわね。そんなことだから、腑抜けた顔をしているのよ」


 こいつは、人が大人しくしていれば好き勝手なことばかり言いやがって……


「……あのさ。何で俺にだけそんな毒舌なの?」


「な、何よ、いきなり」


「最初は2年生に上がって、学園1の美少女である東条と同じクラスになって、おまけに隣になって、マジでラッキーだと思ったのに……これなら、学園生活で一つも関わらない方が幸せだったよ」


 俺は溜まりに溜まっていた想いをぶちまけた。


 東条は何も言わず、静かに俺を見つめている。


 どうせ、そのお賢い頭脳でまた俺に対するとびきりの毒舌を考えているんだろう?


「……だって、仕方ないじゃない」


「は? 何が?」


「だって、私……将来、あなたと結婚したいんだもん」


「ああ、なるほどね。俺と結婚……って」


 今こいつ、何て言った?


「ごめん……もう一回言ってくれる?」


「何よ、イジワルのつもり? だから、私は将来、あなたと結婚したいの。だから、あなたに素敵な旦那さんになってもらいたくて、色々と言っちゃうのよ!」


 東条の叫び声が、爽やかな春の空に響き渡る。


「……これは何かのドッキリ?」


「そんなことしないわよ」


「じゃ、じゃあ……東条は俺のことが好きなの?」


「言わせないで……」


「な、何で? 俺のどこが良いんだよ?」


「その、いつも一人な所とか……きちんと自分を持っていて良いなって」


 ただボッチなだけですけど。


「それに、ちょっとダメな所も可愛いなって……」


 まさかのダメンズ好き!?


「でもでも、いつまでもダメなままじゃいけないの。将来、幸せな家庭を築くためには……」


 こいつは誰だ?


 みんなが憧れる学園の美女でもなければ、容赦なく俺を叩きのめす毒舌女でもない。


 ただの、一人の恋する女の子だった。


 マ、マジか。


 可愛いぃ~……


「ちょ、ちょっと、そんなにジロジロ見ないで……」


「わ、悪い……」


 俺は誤魔化すようにパックの牛乳をストローで啜る。


「……で、どう思った?」


「え? 何が?」


「だから、つい勢いで言っちゃったけど……将来、私と結婚してくれるの?」


「いやいや、あまりにも先で重い話だから今は何とも……」


 俺が言うと、東条はズーンとへこむ。


「そっか……私って重い女なのね」


「いやいや、そんなことは言っていないよ」


「じゃあ、私のこと嫌いになっていない?」


 ぐすっと東条は泣きべそをかく。


「まあ正直、今までは嫌いだったけど」


「ズーン……」


「で、でも、今はお前の気持ちを知ってから……メッチャ好きになったかも」


「……本当に?」


「ああ。本当だよ」


 俺が優しくそう言うと、東条はパアッと明るい顔になる。


「ありがとう、春日くん」


 東条はニコリと微笑み、


「じゃあ、これからも、ビシバシとあなたをしごくから。そのつもりでね」


「え、マジで? ちょっとは優しく……」


「ダーメ♡ これも愛のムチだと思って受け取りなさい。その代わり……二人きりの時は優しくしてあげるから……♡」


 東条は赤く染めた頬を両手で押さえながら身をくねらせる。


「じゃあ、私はそろそろ戻るわね。春日くんも、授業に遅れたらダメよ」


「あ、うん」


「それから、今度から購買でパンとジュースを買うのは禁止ね。そんなものばかり食べていたら、体に良くないわ」


「え、でも、そうしたらメシが……」


「今度から、私がお弁当を作ってあげる」


「は?」


「楽しみにしていてね」


 最後、なぜか不敵に微笑んで、東条は立ち去って言った。


「……何なんだ、あいつ」


 俺は呆然としながらも、少しだけ口元がニヤけていた。







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