第12話 脈拍と、誘惑と……
少し客で混み始めた酒場『ファザリオン』を出て、俺とラオンは夜の街を並んで歩いた。
ファザリオンのマスターお手製の夕飯を平らげたラオンは、ご満悦気味に浮かれ調子で、ステップを踏むように足を進めている。
ジュピターの人間は、とんでもなく辛い味を好むらしい。ラオンのご機嫌度合いから、マスターの味付けが満点だった事が伺える。ジュピターの姫君の舌まで満足させちまうんだから、ほんとすげえ。さすがは、多種多様な人種の行き交うここマーズで店を構えてうん十年のマスターだよな。
陽があるうちは賑やかな商店だらけの街も、夜になると全く違う顔を見せる。軒並み連ねる商店はシャッターが降ろされて、人の声ひとつ聞こえない。
道の端に点々と灯された街灯だけが、俺とラオンの影を長く照らし出していた。歩くラオンと俺の影が、街灯の具合でたまに重なったり、交差したりする。それが何だか、こそばゆくもあり、もどかしくもあり……。
誰も居ない、夜の街を二人っきりで歩く。
なんか、こういうのって、いいよな……。
「やっぱり街の中だと、星があんまり見えないね」
ラオンは夜空を見上げながら、スキップするように俺の前を進んだ。
後ろに結んだワインレッドの長い髪が、ラオンの動きに合わせて揺れていた。半袖の服から伸びた腕の形が綺麗で、俺の眼は必然的に釘付けになっていた。
柔らかなラインを描く後ろ姿とか。
本能的な感じで、完全に意識を持っていかれていた。
また、俺の心臓が騒がしくなっていく。
やべえ……、惹き込まれてく……。
「ソモルの家、こっち真っ直ぐだよね?」
不意に振り返ったラオンの眼と、俺の眼が宙でぶつかった。
ほんのちょっとのやましさもあったせいで、俺は慌てて眼を逸らす。
「あっ、ああ。街抜けるまで、真っ直ぐな」
取り繕うように、応える。一気上がった熱のせいで、顔や頭から汗が吹き出した。
せっかくシャワー浴びたのに、今夜はすでに汗まみれだ。まあ、最高に嬉しいイレギュラーのせいなら、それも全然構わなねえんだけど。
「ソモルの家からなら、あんなにたくさん星が見えるのにね」
ラオンは云いながら、もう一度視線を空に向けた。
俺の棲む小屋は、街から少し行った小高い丘の上にある。
ターサが世話になってるとこのじいさんが、昔何かの作業に使ってた小屋を俺に貸してくれた。この街に来てから、俺はずっと一人でその小屋に暮らしている。
街みたいに光がたくさんないから、良く星が見える。
一年半前、俺とラオンはその丘の上から星を見上げて、そして色んな事を話した。
ラオン、あん時の事、覚えてくれてんだな。
そう思うと、なんか胸ん中が
俺にとって、ほんとに大切な大切な記憶。
できればラオンにとっても、そうであって欲しい……なんて思う。
俺、欲張りだ。会えただけでも、すんげぇ嬉しい筈なのにな。
俺はもう一度、ラオンの後ろ姿を見詰めた。
俺の記憶の中よりも、成長した綺麗な形。視線で、それを必死に追いかけた。
くっきりと、その形を焼きつけるように。
記憶の中の、あの頃のラオンの形に重ね合わせて、そして上塗りする。
今のラオンを。
俺のすぐ傍に居る、今の現実のラオンを。
夢みたいだってのは、きっとこういう事を云うんだろうな。
感情が高ぶっていた。信じられないくらいに、ドキドキしてた。
こんな変な感覚、初めてだった。おかしなくらい、俺じゃない感じ……。
どうすりゃいいのか、判んねえ……。
強く、強く……、ラオンに触れたいと思った。
今すぐにでも、後ろから捕まえたい。
捕まえて……。
けど、そんな事したら、絶対ブレーキ効かなくなる。
要らねえ事まで、きっと云っちまう。
云っちまったら、どうなるんだ……?
俺は、ぐっと息を呑んで、気持ちを抑えつけた。
俺とラオンの今の感じが、壊れちまうのが、酷く怖かった。
だから、これ以上、動けねえ……。
「家に着いたら、また一緒に星、見ようね」
くるりと振り返ったラオンが、無邪気に笑いながら云った。
たまんねえな、全く……。
俺の欲望は、おとなしく舌を巻くしかなかった。
手なんて、出せるわけねえじゃん。
だってさ、ラオンにとって俺は、
『大切な友達』なんだから……。
to be continue
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