第11話 グラスのワインは、まるで俺の心境のように揺れていた……

 ラオンは、片手にワイングラスを持ったまま、カウンターに軽く頬杖ほおづえをついて俺を見ていた。俺の記憶の中よりも、ほんのちょっと大人びた顔で。


 息をするのさえ、一瞬忘れちまいそうになった。


「ずっと、ソモルに会いに来たかったんだよ。だって、約束したから」


 俺は、完全に射抜かれた。

 好きなにこんな事云われて、舞い上がるなって方が無理だ。


 顔が、すげぇ熱い。耳たぶまで熱い。店の照明が仄灯りで、だいぶ救われた。


 おいラオン! あんまり俺を喜ばせる事云うなよ!

 そんな事云われたら俺、期待しちゃうじゃん! 完全、片想いのつもりだったから……。

 お前が深い意味もなく云ったとしても、俺、単純だから期待しちゃうんだよ。


 ……そんなっ、そんな可愛い顔で俺を見るな!

 チクショー! 益々体が熱くなる。


 ラオンは、ワインをまた一口呑んで、ふふっと笑った。


 俺も、すげぇ会いたかった。


 その一言が、照れ臭くて素直に口にできないのがマジで悔しい。自分の性分が、無性に憎たらしくなる。何か、気のきいた事でも云えりゃいいのに……。



「ソモル、声低くなったね」


 ラオンが何気ない感じで云った。


「まあ、そりゃあな……」


 俺だって、一応色々成長してるわけで……。


「背も伸びた」


「そりゃ、お互い様だろ」


 俺もラオンも、一年半の間に成長した。お互い、そういう年頃だから。



「それに、逞しくなったね」


「ラオンだって……」


 俺は、途中で言葉を呑み込んだ。


 ラオンだって、前より綺麗になった。

 そんな事、恥ずかしくって云えねえ。

 俺は、お前みたいに素直でも純粋でもねぇから。ほんのちょっと下心もあるせいで、本音とか口に出せねえ。


 俺とラオンの年の差はふたつ。


 ラオンは今、13歳。俺よりちょっと年下。けどこのくらいの年頃って、女の子の方がほんの少し成長が早いらしい。そういうバランス的には、俺たちって意外とつり合ってるのかもなんて思うと、ちょっと嬉しくなる。俺って、やっぱ単純だ。


 何だ、俺。全身に変な汗掻いちゃってるし。意識し過ぎて、頭ん中おかしな感じにふわふわなっちまってる。

 もう一度会えた事が、ほんと堪らなく嬉しい。

 正直に今の気持ちとか云えたら、どんだけいいだろう。俺、なんで不器用なのかな。


 照れ臭いから? あんまり浮かれた事云って、好きだって気持ちバレるのが怖いから?

 だってラオンにとって、俺はあくまで『一番大切な友達』だから。

 俺とラオンの気持ちは、微妙な処で交差して、そしてすれ違ってる。


 だから、俺はいつも臆病になる。どんだけ強がってても、怖くなるんだ。


 ラオンは出会ったあの頃から、純粋で無邪気だった。

 俺も今よりずっとガキだったから、お互いそれでも良かった。


 初めてラオンに『一番大切な友達』だって云われた時も、気恥ずかしかったけどスゲェ嬉しかった。

 けど今は、その一言が俺の内側を酷く落ち着かなくさせる。


 一方通行なんだって、思い知らされるから。


 ラオンは俺の隣のカウンター席で、グラスの中の赤ワインを弄ぶように揺らしていた。



「明日は早起きして、色んな処に連れてってね」


 そう云って、にっこりと微笑む。


 …………。


 ……ん?


 ちょっと待て。


 そういえばラオン、今夜何処で過ごすつもりなんだ?



 …………。



 俺の思考が、再びショートした。

 この状況って、あの時と一緒じゃん……。俺とラオンが初めて出会った、あの日の夜と。


 あの夜ラオンは、俺が一人で暮らす小屋で一緒に一晩を過ごした。

 たった二人きり、ひとつ屋根の下で。


 けど、ちょっと待て。あん時と今じゃ、てんで違う。 

 俺はあん時13歳、ラオンも11歳。

 二人共ガキだったし、何も考えてなかったし。


 けど、今の俺はもうすぐ15歳。ラオンも、13歳。

 俺たちはすでに、微妙な年頃に突入してる。二人共、完全にガキだったあの頃とは違う。



 特に、というか……俺の方が……。


 ひとつ屋根の下で、二人きりで夜を過ごすって……。


 しかも俺は、ラオンの事が……好きなんだぜ……?

 何かいけない下心とか、そういうわけじゃないけど、俺、心の準備が……。



 ラオンは、はしゃぐように指先でワイングラスを揺らしていた。真っ赤なワインが、まるで輪を描くように波打っている。


 あの時と同じだ。

 こいつは、何にも考えてない。


 動揺してんのは、いつも俺だけ。まるでグラスの中のワインみたいに、俺はいつもラオンの指先で転がされてる。



 ……俺、また眠れねえよ……。




                 to  be  continue




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