第2話 俺とアイツと天の川
宇宙の果てを見に行く。
そう云ったアイツは、そこへ向かう方法どころか今夜の宿すら当てがないという。
全くの無計画。そんだけ壮大な夢を抱いておきながら、どんだけ無謀なんだか。
そんな危なっかしいアイツを一人酒場に残していくわけにもいかず、仕方なくというか、成り行きというか、今夜は俺のとこに泊めてやる事にした。
俺は一人暮らしだから、誰かの許可を取る必要もねぇし。
俺の暮らす小屋は、繁華街から少し歩いた先の丘の上にある。眺めは最高で、今日みたいに空気の澄んだ夜は街に点々と灯る明かりから星空まで一望できる。
小屋へ向かう道すがら、宇宙の果てを見る為に無謀にもたった一人で飛び出してきたその
そんな置き手紙一枚で、心配するなと云う方が土台無理というもの。家族の心中を思うと、赤の他人の俺ですら心苦しい。
そんな話をしながらふと、まだ互いの名前すら知らない事に気づく。
「……そう云えば、まだ名前訊いてなかったな。俺は、ソモルってんだ」
相手の名前を尋ねる時は、まず自分から。なんとなく、こういうシーンって照れ臭い。
隣に並んで歩く、俺よりも頭一個分背の低いアイツがこちらを見上げてにこっと笑う。
「僕はラオン。遠い星の昔の言葉で、『夢』って意味があるんだよ」
ラオン。その綺麗な響きといい意味といい、俺の隣で微笑むアイツにぴったりの名前。夢を追って、勢いで宇宙に飛び出して来ちまうようなアイツには、それ以上にしっくりくる名前はないとすら思えた。
ちなみにこの時、アイツが11歳だという事も知った。
俺より2歳下か。歳の割りに、ちょっと身長低いな。まあ俺も背は低い方だから、人の事云えねぇけど。
2歳違うのにあんま身長差がないとかなんか格好つかねえし、コイツがチビっこくて良かった。
そんなくだらない事を考えてた俺は、まだまだ全然ガキだった。
♡
小屋に着いた俺たちは、丘の上で星を見上げながら、しばらく互いの事を話した。
アイツ……ラオンは毎日のほとんどを、本ばかり読んで過ごしているらしい。話を聞く限り、かなり裕福な家の子供なんだろうなって推測した。育ちもずいぶん良さそうだし。
そんなラオンにつられて、俺はいつの間にか自分の事も話していた。俺、あんまり自分の事を話すのは好きじゃない。だからよっぽど親しくなった相手じゃない限り、生い立ちの事とか話さない。
なのに、なんでかな。たった一時間前に出会ったばかりのラオンに、俺はそんな話をしていた。
俺はマーズではなく、アンドロメダ付近のルニアって小さな星で生まれた事、そして物心つかねえ頃に内戦が起きて、子供だけを乗せた避難船でこのマーズへ逃がされた事、だから親が生きてるかどころか顔すら覚えてねえ事、そんでいろいろあって、今みたいな生活をしている事。
ラオンは大きな眼を真っ直ぐに向けて、俺の話を食い入るように聞いていた。
俺は、終始落ち着かない気分だった。そんな純粋に見詰めるもんだから、手とか腋とか背中とか汗まみれになっちまうし。だから俺は、見詰められてんのなんか気づかねえふりして、ずっと夜空を眺めてた。
ふと、言葉が途切れた。
俺たちは互いに黙ったまま、しばらく夜空を見上げていた。
言葉を交わさず、こうして並んで座ってると、次第にそわそわと落ち着かない気分になってくる。女の子と二人っきりでこういう雰囲気って、俺全然免疫ねえし……。どうしたらいいのか、判らなくなる。
俺はちらり、隣のラオンの様子を窺う。
ラオンは、真剣な眼差しで星を見上げていた。その瞳は不思議な程にキラキラとしていて、まるでこの空に瞬く星の光が飛び込んで、その中で輝いているように思えた。星を宿した瞳をくるくると動かしながら、夜空の星を数えている。
赤い星、青い星、そして、白。
「ソモル、知ってる? あの天の川は、この宇宙で死んだ、星の残骸が集まってるんだって」
不意に思い出したように、ラオンが語った。
突然話しかけられ、俺の心臓が跳ね上がる。
ラオンを見ていた俺は、慌てて空を仰いだ。
ほんの微かにぼんやりと、白い星々の筋が浮かんでいる。
すっかり、夜空に溶けるように。
これが、天の川。
「そう、なのか……」
俺は、白い帯状に広がる天の川を辿りながら呟いた。
散りばめられた星々の溢れんばかりの光に比べ、ほんの極淡い形。眼を凝らさなきゃ、きっと見逃してしまうだろう。
「星も、死ぬんだな」
俺は、初めてその事を知った。
星も死ぬなんて、考えた事もなかった。死ぬって事は、この星全部、生きてるって事だよな。
ラオンは、星の命の話を俺にしてくれた。
人間の寿命に比べれば、悠久に近い永い時を越え、最期はその内側に残された全ての輝きと共に、この宇宙に散っていく。その残骸の寄り集まりが、今も穏やかな輝きを放ち、宇宙に存在し続けている。
まだ、ここに居るよ、と綺羅めいている。
それが、天の川だと。
「星の、墓場か……」
そこに散った星と同じように、夢を抱きながらこの無限の宇宙に散っていく人間たちが、無数と居る。
命と人生の全てを捧げた、一世一代の賭け。
散り際の、星の輝きのように。
俺は、なんだか切ないような心持ちになった。
自分もいつか、散っていくかもしれない。
あの、星の海の中に。
「けどね、あの場所は、たくさんの人たちが忘れていってしまった、夢の眠る処でもあるんだ」
紡ぎ出された言葉に、俺は振り向きラオンを見た。ラオンは星を見上げたまま、語り続けた。
「遠い昔に宇宙に飛び出していった人たちが、落としていった夢の欠片。心の断片。だから、今もあんなにキラキラ輝いている」
俺は、もう一度空を見上げた。今度はすぐに、星の川を見つける事ができた。
「その人たちもきっといつか、自分の落としてしまった夢の欠片を、あの星の川に迎えに行けるといいね」
ラオンは夜空を見詰めたまま、微笑んだ。
宇宙の全てを見透かしたような深い翡翠の大きな瞳が、夜空の星の光を映し、湛えていた。
「……明日、この星を発つんだろ?」
ラオンは天の川を見上げたまま頷いた。
「朝、仕事行く前に宇宙ステーションまで送ってやるよ」
云いながら俺は、なんだかラオンと離れがたい気持ちになってる自分に気づいた。
一人で行かせたくない。
俺がラオンを、宇宙の果てに連れていってやりたい。
そんな思いを、胸の底に覆い隠す。
覆い隠したまま、明日の為にいつもよりちょっと早めに眠る事にした。
そして一緒に寝ると云い出したアイツのせいで、眠れぬ夜を過ごすはめになる。
うつらうつら、浅い眠りから目覚めた次の朝、仰天するような事態が俺を待ち受けていた。
to be continue
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