第35話 新しい風③

 上村葉菜かみむらはなちゃん……、加藤が交換条件として情報を集めてくるように私に頼んだ、その人。

 私は加藤と話した時のことを思い出した。


「瑠香」


 電話越しの加藤の声はいつもの軽いトーンとは違って静かだった。

 私はかなり身構えていたから、思いがけない響きに調子を狂わせられる。


「何か、用?」

「えと……、何でもなかった、かも、ごめん間違えて」

「何でもないわけないだろ。伊月か、りんについての話でしょ、もしくはどっちもかな、まぁ何の話かは大方予想はつくけどね」

「どうして」

「伊月とりんから連絡がきた。お前を放送部に入れるように説得しろってね」


 得体のしれない怖さに身が震える。


「……、加藤はそれを聞いてどうするつもりなの」


 電話の向こうで加藤はため息をつく。


「どうするも何も、無理でしょ、瑠香が入るつもりないなら。それで? 瑠香は俺に何の用」


 なんだか、変な感じがする。

 教室での加藤、二人きりの時の加藤、緑川くんも一緒にいるときの加藤、それと、今の電話越しの、加藤。

 そのどれをとっても加藤が同一人物のように感じないのはなぜだろう。


 人って、いろんな顔を持っている。


 その人は意識していなくとも、相手によって声のトーンや、表情、話し方が変わることはよくあると思う。


 けど、加藤はそういうのとは違って、作り物のような、不自然さがある。


 私が見る加藤は統一性がなくて、どの加藤が本物なのだろうと、考えてしまう。


「瑠香?」


 呼びかけられてはっとする。今は大会の話だ。


「伊月とりんの情報が欲しい。私の前いた学校の仲間たちに勝ってほしいんだ」


「情報って、そんなことを聞いても勝ち負けには関係ないと思うけど」


「確かにそうかもしれない。けど、知ることで事前に準備できることもあると思うしそれに……、私にできることはそれくらいしかないから」


 電話の向こうで不自然に沈黙が流れる。


「加藤?」

「……、お前が前いた学校って、南中だったよな」

「そうだけど、よく覚えてるね、そんなこと」

「わかった。お前に情報をやる」

 自然に笑顔になる。

「ありがとう!」


「ただし、お前も俺に情報を渡せ。南中に上村葉菜って女がいる。そいつがどうしているか、情報を集めてこい」

「え、いいけど……」


 上村葉菜。

 新しく出てきた名前を頭に刻む。


 その子って誰なのという言葉がのどまででかけて、加藤にさえぎられる。


「お互いの事情には口出ししない。それでいいだろ」

 私はしぶしぶ了承した。




 美香ちゃんの声で現実に引き戻される。

「これからよろしくね、葉菜ちゃん。それで、演劇部室に行くところだったんだっけ。演劇部はうちの隣だよ」


「こちらこそ、よろしくね。瑠香ちゃんも、案内してくれてありがとう。じゃあ私行ってくるので」


「まって」

 私は彼女を引き留める。「えっと」私は彼女と接点を作らなくちゃいけない、そうしないと加藤から情報を得られなくなってしまう。それにはどうしたら……。


「あ、葉菜ちゃんは部活とか入ってるの?」

「ううん、変な時期に転校してきちゃったから入りづらくて」

「じゃあ!」


 私は食い気味に叫ぶ。


「放送部、入らない?」


「え、ちょっと瑠香っち?」


 隣にいた美香ちゃんが驚いたように声を出す。


 葉菜ちゃんもちょっと引いてるけど、なりふり構っていられない。


「あ、えっと、お誘いありがとう。考えておくね。じゃあ私、先生の所に行くから」

 葉菜ちゃんは演劇部室に吸い込まれるように入っていった。


 失敗した……。

 完全に葉菜ちゃん引いてたし……。


「瑠香っち」


 いつもより低い声が聞こえて私は恐る恐る美香ちゃんを見る。


 怒ってる?って思ったのもつかの間、美香ちゃんはいつもの笑顔に戻っていた。


「じゃ、練習再開しよ!」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る