夢の中で
雨のち晴れ
第1話
何か夢を見ていたような気がする……何だったか。
ああ、思い出せない確かに見たはずなのに。
そんな夢だったかもしれない何かは、しっかりと記憶の蓋に封をされ暗闇の中に放り投げられた。
その夢のようなものを探し求め、暗闇をあてもなくかき分ける。
これじゃない、これじゃない。あの夢を探しているんだ。
もう一度あの余韻に浸りたくて、またあの光景を見たくて、同じ夢を探している。
そうやっていると、辺りが光に包まれる。暖かい光だ。
何となくわかる、私は目を覚ますのだと。
真っ暗な視界に僅かな光が差し込める。それが太陽の光だということに気がつくまで僅かな時間を要した。
おそらく外からだろう、バイクが通り過ぎる音がした。
ぱちりと目を開け仰向けだった身体を横に転がせる。そうして横に置いてあったスマホで時間を確認した。
確認した時間は彼にとって毎日目が覚める時刻で、どうやら今日も変わらない一日が始まることを予感させた。
ああ、でもあの夢は何だったか。とても可笑しな夢だったことは記憶しているのだが……
どうにも気になるがそれを思い出せないと決めつけ、身体を起こした。
カーテンを開けようと立ち上がって、気がついた。既にカーテンが開いているのだ。
確かにカーテンは閉めていたはずなのだが……記憶違いかと特に気には留めなかった。
取り敢えずは顔を洗おう。そう思い自室から出た。一階へと続く階段を降り、眠気から少しふらつきながらも洗面台の前に立つ。
鏡の前に立つその人はどうにも疲れているように感じる。
少ししてこの人が自身であることに気がついた。私はこのような疲れた人間であっただろうか。不思議でならなかった。
しかし、自分でなければ一体今私を見つめているお前は誰だというのだと、その可笑しな感覚を一蹴した。
次に歯を磨く。いつかのテレビ番組で朝食よりも先に歯を磨くのが良い、と何処かの大学の学者だか先生だかが自信満々に言っているのを見かけたのでなるほどそうか、と感心して次の日からその通りにしている。
どうも私は権威に弱いようで、そういう情報を小耳に挟んではいつも頷き、ではそのようにしようと考えるたちなのだ。
流されやすいと称すべきか、しかし大体が長続きしないのだ。あれは酷かった。食事の際、一口三十回以上噛むのが良いと耳にしていざ実践してみれば、一口目でなかなかこれは大変なものだと挫折したのだ。三日坊主ですら無い、これでは一口坊主だなと友人との酒の肴の一つにしたものだ。
そんなことをぼんやりと思い浮かべながら用意した食パンを口に運ぶ。どれ、試しにもう一度一口三十回をやってみようか、などと思いついた。
先ずは一口…………うん、やはり面倒くさい。私にこれは出来ないなと、また継続の失敗記録に一つ数字を刻むこととなった。
さて、とリビングの壁掛け時計を眺めると、そろそろ家を出る準備をしなければならない時刻になった。
てきぱきと食器を水につけ、着替え始める。洗濯物は……いいか、次の休みに纏めてすれば。と諦め、今日のことに思いを馳せる。
さて、これから家を出て、電車に乗るのだが……うんこれなら間に合うな。
だが、ゆっくりすぎてはいけない。また、目の前で電車の扉が閉まるあの無力感と対峙するわけにはいかないのだ。
良し、と誰に言うでもなく呟く。洗濯物以外は……完璧だ。
小走りになりながら玄関へ向かう。靴を履き、扉の取手に手をかける。
ガチャリと小気味良く扉を開いた。少しずつ朝の光が扉を押し除けて私を迎え入れる。
どうにも昨日の夜は雨が降っていたようで、少し冷える。軽く身を震わせて、我が小さな城の扉を閉め、鍵をかける。
駅へと少し歩くと大きめの水溜りが私の行手を遮っていた。
飛び越えてみようかなどと考えながら水溜りを覗くと、そこには疲れた顔の人などいなかった。
はは、と軽く笑い、少しの助走をつけてそのアスファルト上の柔らかな鏡を飛び越えるべく、駆けた。
そうして私は目が覚めた。
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