弱者〜Her life goes on〜

深谷田 壮

農村

いちばん偉いひと

「アカ、ちょっとこっちきて〜」普段よりも高い声でお母さんに呼ばれたので、「わかった」と応えた。負んぶしていた、下から三番目の子をそのまま連れていったら、「その子はお姉ちゃんに渡して」と、さっきと同じ声の高さで言われた。お姉ちゃんは末っ子の双子をあやしているので、ジャマじゃないか、と心配になったが、「大丈夫だよ」と、あっさり言われた。

 お母さんの元に着くと、「ちょっと待っててね」と言われたので、ちょっと待つと、近所に住む女性が二人、お母さんと入れ替わった。

「まずは、この服に着替えて…」妙齢の女性が、私に豪華な服を着させてくれた。

「それから、この宝飾を付けて…」その隣にいた、老婆と言うには若い女性が首輪を掛けてくれた。そして、耳飾りも。そういえば、去年の祭りのときのお母さんって、こんな格好だったような…。嬉しいので、すまし顔をしてみせる。


 その後、村で一番広くて豪華な建物の中に、さっきの二人に連れられて入った。理由は分からないが、みんなが私を見つめている。稲穂を収穫中の人だって。

 お母さんやお父さん、兄弟姉妹が建物の近くで私に向けて、手を振ったり、泣き崩れている。なんでお母さんやお父さんは泣いているの、と、妙齢の女性に聞いたが、無視された。



 それから、五回の秋が過ぎた。その間は、裕福な生活を送っていた。ちゃんとした量の食事を二食摂れたし、冬になっても、凍える程の寒さを味わう前に布団を掛けてくれた。退屈になったら、村の女性が必ず一人はいるので、その人と遊べた。お母さんやお姉ちゃんは一度も来なかったけど。それでも、あまり不満はなかった。村で一番広くて豪華な建物の中に住めたから。アレ以来、建物の外には一度も出たことがないけど。

 流石に五年も同じ家にいるのは退屈なので、次に遊びに来た女性に、いつ出れるか尋ねようと思ったが、その女性が、「アカちゃん、こっちに来て」と、息を切らしながら手招きした。


 その女性は、私を長老の屋敷に連れていった。戸を開けると、

「…そこにいるのはアカか」長老が落ち着いた口調で話しかけた。けれど、目は血走っていた。

「そうです」

「わかった…では、そこに座ってくれ」長老が指差した場所に腰を下ろした。しばらく間を開けた後、長老が慎重に話し出した。

「アカよ、一週間前から呪術師が占いを続けていたが、このままでは来年は雨が降らず、食料が尽き、この村は全滅してしまうらしい…何が言いたいか、分かるか?」

「…」私は無言で頷いた。

「…なら、よろしい」それだけ言うと、長老は奥へ去っていった。


 それから三日後、元いた豪華な屋敷に戻された私の元に、三人の女性が入ってきた。五年前同様、豪華な服を着させる女性。首輪と耳飾り担当の女性。不覚にも、少し頬が緩んでしまった。

「じっとしてて」と言った女性。こんな女性は、五年前にはいなかった。彼女は何かを私の頬やら額やら鼻やらに塗った。更に、草の冠を被せられた。これはきっと、お母さんもされたことはないだろう。今度は、頬が緩むのは抑えられた。

 外に出ると、既に日は落ちていた。さっきの女性たちに連れられ、しばらく歩くと、そこで、無数の小さな松明が、一際大きな二本の松明と神に供えてある猪を照らしていた。赤い。

 近くには、川が流れていた。水面を覗くと、赤い線で彩られた、私の顔があった。赤い。

「神よ、我らにもう一度恵みを!」猪を正面に祈祷師が叫んでいた。周りに顔は出さないが、毎年私の家の近くで祈りを捧げていたので分かる、この叫びで祈りは終わる。だが、今年は違う。

 川沿い、と言っていたので、察した人もいるだろう、私もまとめて神に供えられる。その為に私は、川に身を呈する。さっきの化粧や装飾なんて、気休めにしかならない。それに、私はこの五年間で覚悟を決めた。なので、この世界に悔いはない、鮮やかに飛び込んでやろう。

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