第31話 バジリオという男、ペトラという使用人
結局、商会副頭のバジリオさんが顔を出したのは、メインディッシュが運ばれてくるころだった。メインディッシュの『鹿肉のメダイヨン』は中々旨かった。
「テイル、メダイヨンとはなんですか?」
「メダル型、という意味で、あの肉は大型の円形に整えられていただろう?あのように整えた物を言うんだ。さっき食べたのはちょうどベーコンを周りに巻いていたね」
「テイル殿は料理に詳しいですな」
「ソースは赤ワインを使っていたと思うんですが、ほのかな酸味と甘味はなんでしょう?」
「あぁそれはですね、料理長、説明を」
フリッツさん側に控えていた料理長を呼ぶ。メインディッシュを出す時、挨拶に来ていたのだ。
「あれはラズベリーです。王都ではフランボワーズと呼ばれているものですね。そのジュースとグラスドビアンと呼ばれるよく煮詰めた肉汁といくつかのハーブ、カシスリキュール、そして赤ワインを煮詰めてソースをつくり、仕上げにラズベリージャムをひとすくい程加えております」
へー、そんなに手間がかかっているソースだったのか。
「では、サラダとチーズをお持ちいたしますね」
そう言って料理長は給仕へ指示を出し、その場を後にした。バジリオさんは料理長の方へ目をやりながら、ふふっと笑う。
「
うん、バジリオさんとは食の趣味が合いそうだ。トラスタ時代も料理が好きなNPCがいたな。
「俺も好きな料理です。他に猪なんかも良いですね」
「ふむ、テイルさんとは気が合いそうですね。私はどうも野性味あふれる肉の味が好きでして、心臓や腎臓、肝臓などの臓器も好きですね。えぇ、心臓は良いです。その生き物が生きた証、血がめぐる、鼓動」
ん?なんかちょっとバジリオさんは変わった人だな……。
「ほっほっ、いやぁバジリオ君。命からがら野盗から逃れてきた今、そのような話をするとはなかなか」
「えぇフリッツ様、こうして命あることに感謝しなければなりません。残念ながらサルトルは……えぇ、えぇ、そうでうす、彼の分も生きている」
「サルトルは残念だった……」
話を聞くと、バジリオさんと一緒に雑木林へ盗賊により引き込まれたのは、数人の護衛と同じく商会の従業員であったサルトルさんという方だった。護衛は一部未だに行方不明、他は無事帰ってきたけども、サルトルさんは一番始めに戦闘で巻き込まれ、帰らぬ人になったそうだ。遺体は河に流れ、見つけられなかったらしい。
「あぁ皆様すみません。私としたことが場を暗くしてしまいました。そろそろデセール、いやこちらの言葉ではデザートでしたね。デザートを楽しみましょう」
バジリオさんが手を叩くと、それぞれの前に砂糖がまぶされた、焼き上げられたクレープの生地が置かれた。そして――
「「わぁ!」」
セリアとシトラスが歓声を上げる。目の前で火がつけられたのだ。
「こちらは『クレープシュゼット』と呼ばれるものです。このクレープにリキュールをかけてフランベ、つまり火をつけて仕上げるデザートです。他にも一口サイズのデザートを用意してるそうですので、楽しんで下さい」
先程まで料理長の役目だった料理紹介を今度はバジリオさんがしている。本当にこの人は料理が好きなんだな。
「これ、おかわり」
「こらこらシトラスちゃん」
シトラスが一瞬で食べ終えてしまい、セリアに注意されている。
「テイル殿、お気遣いなく。何もあらたまった晩餐会では無いのです。お好きなだけ食べてください」
たしかに最初は大皿料理で始まったが、途中から料理の出し方や内容はまるでフルコースのようだった。随分と気を遣わせてしまったのかもしれない。
「テイルさん、あなたはフリッツ様の命の恩人です。気を遣われる必要はありません。ところで、商業都市プリアにはどれくらい滞在されるのですかな?」
「実はもう明日にはここを立とうと思っているんですよ。王都の学園に入りたくて」
「おお、もう立たれるのですか。そうしたら早速、宿の手配と馬車の手配を」
「いえ、馬車は大丈夫です。しばらくは王都内に滞在することを考えると、場所を持っておくほどではないので。それよりも、使用人を一人探しているのですが……」
『王都レーメル』までの道のりはアピウス街道の前半部を通るが、途中大きな湖を渡る必要がある。通常は馬車を使って行き、湖を船渡ししてもうらうか、迂回路を大きく回る必要がある。だけども、今回は久しぶりにバグ技を使って短時間で移動してしまおうと思ったのだ。王都では学園生活をすぐ始めるだろうし、馬車は手持ち無沙汰だ。
「ふむ、あいにく今は使用人として働ける奴隷がおらず……、あぁ一人いたか。おい、ペトラを呼んでくれ」
◇
フリッツさんに呼ばれ、あのドジっ娘メイドのペトラさんがやってきた。お約束どおり、今さっき転んで起き上がったところだ。
「な、なんでしょうか。まさかドアに挟まったため、お暇を……」
ドアに挟まっただけでクビになるような職場じゃないだろう、ここは。いや、この世界ではそういうもんなのか?
「馬鹿な事を言うのはやめなさい。まぁ、しかし、我が商会を退職することには変わりないか……」
「そんな!」
「ペトラくん、君はまず話を最後まで聞く癖をつけたほうが良いかと思うぞ」
フリッツさんの退職宣言を受けて大声をあげてしまったペトラを、バジリオさんがたしなめる。
「さてテイル殿。このペトラという子は孤児院育ちでね、12の時に孤児院から貴族へ引き取られる話だったのだが……これはまた悪い者達に引っかかってしまったようで、奴隷商に引き取られてしまったのだ。私達商会のような奴隷商とは違い、この国の法すれすれをゆく、悪質な奴隷商だ」
この世界は合法的に奴隷制度がある。税を収められない者や、孤児院へいけなかった者、身寄りが無い者。そして犯罪で捕まり奴隷落ちした者。ある意味では浮浪者として落ちる所を、奴隷制度によって人に買われるものの、生活を保証されている……はずなのだが、長い年月を経て法律の穴も多い。
「縁あってその奴隷商と接触した時、この子を見つけた。幸い奴隷商に連れて行かれて1週間程度しか経っていなかった。そうして私達が引き取ったのだが、わけあって奴隷商免許をもつ私達ではこの子の身分を奴隷から平民にすることができなくてね」
フリッツさんの話は続く。こころなしか、バジリオさんが握る拳にも力が入る。いや、それにしても作りというか設定が甘すぎるぞトラスタ。
「この子も今では15歳。少々落ち着きが無い所はあるが一通り使用人として働けるようになった。この子を買っていただけないでしょうか?」
奴隷を買う。ゲーム時代は何も違和感が無かった。奴隷設定なんかよくあることだ。しかし今生きている世界、この現実において奴隷という扱いには些か抵抗があった。もちろん、必要に応じて奴隷を買うことを想定していたので、予め自分の中で決めていたルールに従う。
「分かりました。ペトラさんを買います。それでなんですが、彼女の身分を奴隷から平民にしていただけないでしょうか。そして一つだけ問題がありまして、彼女の身元を……」
この国では奴隷身分で一年過ごした者で、なおかつ奴隷商から他人に買われることにより、身分選択権が付与される。つまり、国へ身分選択金としてお金を支払えば奴隷から開放され、平民の身分になれる。奴隷でいる間は納税義務は無いが、国の公的な補助は受けられない。結婚もできない。
それでも奴隷から開放して側に起きたい人や、恋に落ちた人はそのような選択をとる。
ただ、冒険者などと違い、奴隷から平民に切り替えた場合、そこから最低5年の身元保証が必要になる。しっかりと家を持ち、財力が証明できているものだ。
「テイル殿なら、そのように選択されると思いましたよ。あなたを見ていると分かる。ペトラの身元保証は引き続き、ベリンジャー家で持ちましょう。さぁペトラ、新しいご主人さまに挨拶しなさい」
「は、はい。テイル様、セリア様、シトラス様。どうか宜しくお願いします」
そう言ってペトラはアクアマリン色の髪を揺らしながら、相変わらず慌ただしいお辞儀をした。
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