第20話 シトラス
地球においてシャコ漁は網を使う。「シャコ刺し網漁」と呼ばれるものだ。シャコは普段海底の砂に潜っているが、餌を求めて砂から出てくる。その習性ゆえ、天気予報を見て海が荒れる前に刺し網を投げ入れておき、天候が穏やかになってから網を回収する。
「この『ナイローン神の網』が弱点だ。レベル100未満の冒険者なら対『パンチツヨイシャコ』には必須アイテムだな」
あれだけツヨイパンチを繰り出していたシャコは、全く身動きがとれなくなっている。なんとなく怒っているようで何もできないのだろう。
「ちょっと手間がかかるが、この状態から二人で袋叩きだ」
それからしばらくして、シュッシュッと鳴いていたシャコは、最後にシュゥ……と断末魔?をあげて倒れた。後にはドロップアイテムの『パンチツヨイシャコの身』とレアドロップ『シャコの卵』がドロップした。
「『パンチツヨイシャコ』は防御力も攻撃力も強いから、レベル100未満では戦ってる間にさっきの冒険者みたいに殴られてやられてしまう。だから、このアイテムで動きを止める必要がある」
「あれって釣り用のアイテムじゃなかったんですね……」
「いや、基本的に釣り用アイテムなんだが、なぜかコイツへ有効だ」
シャコ漁で使う網の材質にナイロンがある。産業用繊維会社が独自に強化した繊維などもあり、漁の網などに使われている。『ナイローン神の網』の元ネタはその辺だろう。
「それにしても『ナイローン神の網』なんていつ入手したんですか?この街には無いみたいですけど」
「昔漁業にハマってた時期があってな、その時に買いだめしておいたんだ」
『ナイローン神の網』は『珊瑚の街』では入手できない。別の港町で、普通のアイテムショップではなく釣具屋に行って購入する必要がある。なので初期は『パンチツヨイシャコ』に低レベル冒険者が遭遇した場合、逃げるしか無かった。ある日、釣りゲーにハマってたプレイヤーが何をどう思ったか「もしかしたら」と網をぶん投げた所、動きを封じることが分かったのだ。
「セリアは網投げのスキルは持ってないあろうし、スキルのレベルもそんなに上がってないよな。だから、もしコイツに遭遇したらとりあえず防御することと、俺が網を投げる先にいないこと。一緒に網に入ったら即席リング内でKOまでぶん殴られる」
「わ、わかりました」
網投げスキルの取得方法は何らかの網系アイテムを手に取ること、スキルレベルを上げるには有効な相手に使用すること。まぁつまり一定の釣りゲーをしたり、ある程度スキルレベルが溜まっていれば『パンチツヨイシャコ』に投げてスキルレベルを上げる必要がある。
「この辺はコイツらのテリトリーだな。どういうわけか、砂の中から海中をのぞくことができて、水が濁り始めると狩りに出てくる。この先しばらく出てくると思うから、警戒しておけ」
『パンチツヨイシャコ』のテリトリーを抜けた俺達は、なぜか『パンチツヨイシャコの身』以外に『酢飯』というアイテムもゲットし、休憩地点までたどり着いた。ダンジョンは一定周期で大部分の造りが変わってしまうが、熟練の冒険者であればそれでも最短ルートや安全ルートにできる限り近い所を進めるようになる。
「セリアもこれか色々なダンジョンを攻略するようになるから覚えておいてほしい。このダンジョンでは、生えてるワカメの色や量を目印にするんだ。茶色いワカメが人の頭みたいな石に1本だけ生えてる場合がある。で、そういった1本ワカメ石が複数並んでいるのが、比較的安全な道だ」
これを『禿頭延命攻略法』という。
「分かりました。シャコの握り寿司美味しいですね」
たぶん、きちんと話を聞いてなさそうだ。
「ちょうど水中エリアから抜けた所だし、今日はもうここで野営しよう」
海底神殿は不思議な造りになっていて、海水で満たされてるエリアもあれば、今いるところのように海水がひいて足が地につけられ、空気も十分、所々日がさしてるエリアがある。
「不思議なところですね。神殿みたいですが、今はもう使われてないのでしょうか?」
「昔は槍を持った魚人みたいなのが居たらしいが、いつだか遠い昔に退治されたらしい。そいつの子孫がどっかに居るっていうのも聞いたことがあるが、ここにはもういないみたいだな。結局何のための神殿なのか分かっていない」
唇が分厚くて何か間の抜けた、4文字くらいの名前だった気がしたんだけど、もう忘れちゃったな。
「その魚人がボスではないんですか?」
「いや、違う。そうだな……。今ボスの特徴を言うとセリアは気が滅入ってしまうかもしれない。ボスの直前に教えるよ」
「そうですか。あまり強く無いといいのですが……」
ここのボスはさほど強くない。凶悪でもない。しかし、多くの冒険者が初見殺しにあう。なんというか、やりづらいのと、ボスの周囲に湧いてくる敵が凶悪なのだ。
「あ、そういえばしばらく水中を通らないのであれば、テイムした『ダマシウチスライム』を召喚しておいてはいかがでしょうか」
「忘れてた!」
目の前には、いささか拗ねているように見えるスライムが一体、こちらを見ていた。
「忘れていたのですか」
「……モンスターってこんな流暢に喋れるのか?」
「個体差が激しいと聞きます」
トラスタゲーム時代はテイムしたモンスターに対してそれ程感情が無かった。どちらかというと、アイテムと同じような扱い。なので基本的に必要な時だけ召喚し、モンスターの様子を気にかけるというのも無かった。ましてや、流暢に人族の言葉を使うなど。
「あー、すまなかった、えーと」
「シトラスです」
抑揚の無い、冷たい目で返事をする。どちらかというと無表情なのだが、冷たい目、というのを感じる。
「え?」
「私の名前です」
驚いた。名前があるのか。これもゲーム時代は無かったな。こちらが名前をつけることはできたが。
「私はセリア。シトラスちゃん、よろしくね」
セリアが手を差し出す。すると『ダマシウチスライム』のシトラスがにゅっと体を伸ばし、セリアの手を包み込む。きっと握手をしてるのだろう。
「俺名乗ってなかったな。テイルだ。それじゃぁシトラス。これから余程危険なところじゃない限り、召喚しておく。水中に関しては装備が整ってないから、いったん還すが、すまないが我慢してくれ」
するとシトラスはやはり冷たい目でこちらを見つめている。
「……どうしたシトラス?」
「ご……は……ひ…………か」
「ん?」
「ご主人様は私は必要ないのですか……?」
涙目(涙出てないけど)でこちらを見つめるシトラス。なんか気まずいなこれ。
「そ、そんなことは無いぞ。あの、えーっと、モンスターをテイムしたのは初めてなんだ。それに、お、お前を見た時はすぐ悪いスライムじゃないって気づいたぞ!お前は必要だ。ともに着いてきてくれ。それとご主人様じゃなくてテイルと呼んでくれ」
なんというかご主人さま呼びはなれない。
「シトラス、嬉しいです。テイル様」
つかみようの無いスライムだ。モンスターはみんなそうか。お互いぎこちないが、なんとなくだが上手くやっていけそうな気がする。あと人型に慣れたりしないのかな。『なんとかの秘宝』みたいなアイテムか、修行してればなれるのかな。
そんなことを思いながら、テントで一夜を明かした。スライムは表情が読めないので、寝てる間ずっとこちらを見つめられているような気がした。
(テイル様……)
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