殺されたわがまま令嬢は転生を経て犯人の腹黒王子に溺愛される

@snoop

第1話 エピローグ

 この日は久しぶりに朝帰りをした電車の中だった。

 朝帰りといっても誤解しないで欲しい。決して浮ついた意味の朝帰りなどでは無いのだ。そもそも私の辞書には色恋沙汰などという言葉は皆無であり、なんなら生まれてから今までの30年間、男性と手を繋いだ事すらない生粋の乙女であるのだから。

 そろそろ妖精化してしまうかもしれない乙女の私は、三日間会社に泊まり込みをして、鬼のような仕事をこなしてきた帰りなのである。


「プシュッ……」


 そっとステイオンタブを指で倒し、戻す。

 開けられた缶の口からは、もこもこと繊細な泡が押し寄せてきた。

 私はもう一度、周りに人が居ないかを確認してから、その冷えた缶を口元に運び一気に喉を鳴らす。


「ゴキュッ、ゴキュッ、ゴキュッ、……ぷはぁぁ!!」


 あぁ……、仕事終わりのビールは、なんて美味しいんだろう。


 朝帰りと言っても時刻は十時半を回った所で、通勤ラッシュは回避している。都心から一時間半という、辺鄙な地元へ向かう車内には、この時間ひとっこ一人居ないのだ。

 自宅に帰るまで喉の渇きを抑えられない私は、いけないと思いつつも、時々こうして優雅にアルコールを摂取していた。


 アジの開きが食べたいな……。電車じゃ無理だから、せめてお酒の友にピーナッツでも買えば良かった。


 妖精の中身は社畜のオヤジという、なんとも悲しい人生を送ってはいるが、私は三十歳を迎えて開き直るようになってしまった。

 仕事仕事で異性と出会う暇もない。親に結婚しろと散々言われてきたが、最近はもう諦められたのか何も言われなくなってしまった。

 顔も中の下……いや、化粧にも気を使う元気すらない私は下の上辺りかな。特に取り柄も無いし、コミュニケーション能力も低い。女性らしさなんて、節約のためにお弁当を作っている事くらいだ。

 恋愛などとうに諦めている。


「あ〜〜っ、しまった! 春空先生の新刊、今日が発売日じゃん! 地元の本屋に置いてあるかなぁ……。いや、無いだろうなぁ」


 唯一の趣味である恋愛小説の新刊を買い忘れた私は、思わず車内で叫んでしまう。


 地元の駅前にある本屋は個人店で品揃えも少なく、人気作品以外の新刊は予約しなければ手に入らなかった。職場がある都内で買っていればと後悔が押し寄せてくる。

 そう思っている間に電車はホームに止まっており、開いたドアから一人の女子高生が入ってきた。


 私は慌てて、片手にしていた缶ビールを両手で覆うように持ち直す。

 女子高生はそんな様子に目もくれず、スタスタと歩き、私のすぐ目の前の席に腰を下ろした。


 こんな広い車内で、よりによってそこに座るとは……。

 心の中で盛大な舌打ちをした所で、席を移動しようか考えたが、缶ビールを持っている時点で怪しいのだから、これ以上不審な挙動は避けるべきと判断する。

 一気に肩身が狭い思いになりつつ、気づかれないようにビールをすすっていると、目の前の女子高校生は鞄からおもむろに一冊の本を取り出した。


 あっ……!! あれは春空先生の新刊!!?


 ちょっとちょっと! この時間に電車に乗ってるって事は遅刻だよね? いや、早退か?

 どこの学校かは分からないが、学生の本分は勉強ですよ!! 恋愛小説にうつつを抜かしている時間なんてありません! という事で、その本は私に譲ってくれないかなぁ……。


「はぁ……、無理ですよね」


 羨ましさのあまりボソリと嘆いてしまったが、女子高生には聞こえていないのか、小説を読むのに集中している。

 今すぐ目の前の小説を読みたい。いっその事、次に停車したら折り返して小説を買い求めに行こうか……。しかし、そんな元気は既に無い。

 諦めて残りのビールを一気に飲み干そうとした瞬間、ふいに小説の表紙に描かれている煌びやかな男性の絵に釘付けになった。


「あれは、ルーファス殿下……?」


 ……?!!!


 今、私、なんて言ったの?! ルーファス殿下って誰?! ……いや、でも確かにあの顔は知っている。えっ、でもこれって……!!!!


 その瞬間、私の頭に落雷のような衝撃が走った。

 それは前世の記憶が滝の如く止めどなく流れ落ちてきたせいでもあるが、電車が事故によりレールから外れて、勢いよく近くの建物に激突した際の衝撃でもあった。


 榎本未亜えのもとみあ享年三十一歳。

 前世の記憶を思い出した途端に、命が尽きてしまったのだ。










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