よろず屋(Kindle版試読)
菊華 紫苑
種子島品其之壹 貴方どちらさま? わたしオシラサマ! ノ巻
其之壹 貴方どちらさま? わたしオシラサマ! ノ巻
ぶちぶち。ぶちぶち。
やあ! おいらの名前は
ん? 昔は何を作ってたのかって? んーと、ええと、うんとね。
「
草むしりの手を止めず顔も向けないまま、声をかけると、
「あー! シブキの山! このバカっ! これおいらの修行用に使うんだぞー!」
シブキは生薬にしたり漢方にしたり、あとそのまんま使ったりする薬草だって、
「わー! 何すんだよ! おいらの修行用だって言っただろー!」
「うるせえぞ
「そ、そばきり……ごにんまえ…………」
目がぐるぐるした。おいらは朝から草むしりを続けて、食べられる草を食べて、みたらしをがまんしてお
「この食い意地達磨ァッ! おいら達に奢るそばきり代稼いで来ーい!」
「あいよぅっとぉ」
おいらのコンシンの拳をひょいとかわして、
あいつは
お天道さんが傾いてきたころになって、おいらはようやく草むしりを終えて、お
「
「そりゃ団子四本分じゃ――スミマセン」
ギロッと
「おいごら、
「まあまあ、人の噂も四十五――へぶっ!」
まるっきり反省せず、ケラケラ笑っている
「
意味ありげな言葉を放ち、
「ここの
「じゃ、ここの
「そうだよ
「んじゃ、決まりだな。寝静まった頃に、ちょいと腥い稲刈りと洒落込むか」
「それなんだけど…。この屋敷、唯の屋敷じゃないよ…。念の為、二人組で移動した方がいい…。……ここには、
ピクッとおいら達の表情が引きつった。それでこそおいら達の本当の仕事だからだ。
「多分、巣食ってるのは、養蚕一代で財産を築いた、あの成り上がり
「どーゆうこと?」
「単純な話だよ、
すました顔で、さらりと恐ろしい事を言う
「いずれにしても、
おいら達は草刈から首狩りまで、何でもやる旅商人だ。だからよろず屋。おいら達が人の血を流す時は、決まって夜。別に昼間やっても良いんだけど、おいら達が退治するのが、
草木も寝しずまる深夜になって、ビリッとした匂いがしておいらは目覚めた。
「いくつ?」
声をひそめておいらが聞くと、闇の中で
「
そう言って、
「
すると、
「これで大丈夫だよ…。
「う、うん……。ほら、行くよ
「くれぐれも静かに…。屋敷の人に見られてはいけないよ………」
そんなのおいらにとっては造作もないことだ。見習いだけど、おいらは田力だもん。……問題はこの食い意地達磨だけど、忍び足は得意らしい。すいすいおいらよりも早く歩く。
「おい
「わかんないけど……。気持ち悪い場所ならある……。ちょっとしずかにして付いて来て」
目で見えない物を見るのには、心の目で見るのがいいって、
――見つけた!
おいらはその目的地を見失わないように、
この下だ。この下の部屋から、きな臭さがプンプンする。木目の隙間から見ると、この家に嫁いできたという娘さんが眠っていたけど、おかしいな? 夫婦なのに、夫の方がいない。変だと思ったけど、もしかしたらケンカでもしてるのかな。いずれにしても、この娘さんを起こさないように、部屋の中、調べなくちゃ。
そうっと天井板を外して、畳に衝撃が逃げるように静かに降りる。おいらはこれでも田力なんだい。こんなの屁でもないぞ。
「
おいらがお説教をしようとすると、シッと
おいらは二重の意味でびっくりして、腰を抜かした。一つは
「やっぱりな。
ごろ、と、安らかに眠った娘さんの頭を足で転がし、そのままひょいっと手に持つ。ハリボテと分かったら
「じゃあ、本物の娘さんは?」
「その辺は
そう言うと、
部屋に戻ると、
「んっ?」
正直、不気味な絵だった。人食い悪鬼の絵だ。子供を殺して、餓鬼がそれを食い千切って、自分の血肉にしてるんだ。水墨画だけど、おいらにはそれが黒く乾いた血に見えた。
「なんじゃこりゃあ? ここの
「うーん、これも
おいらが心の目を休める為に寝ころがっている間、
「
「
「オクナイサマ? 奥方様じゃなくて?」
「ここいらに伝わるカミさんの一人だよ」
ここに来て、ようやく
「オクナイサマってな、夫婦のカミさんだ。ここいらの大きなお屋敷で祀られ、厳しい信心と掟を求められる、俺に言わせりゃ器のちっさい神さんよ。……で?
「大丈夫、ちゃんと見つけたよ…。来て…」
そう言って、
「哀れなご神木さまだべさ。ここの
「
そんな事言われても、相手が動かないクワの木って言ったって、おいら見習いだし、そんな大層な事出来そうにないやい。でも
じいいっとご神木を見る。下から上まで、じっくり、じっくり、じーっくりと。
おいらの身長と首じゃあ、上までしっかり見えない。でも、上に何かある事に気が付いた。
『それ』と眼が合った瞬間、おいらはあまりの姿におどろいて転がり落ちた。一本下の枝にしがみ付き、必死になって『それ』を指差す。
「
仮にもご神木なのに、
「『さがり』だね…。どうして陸州なんかに…? こいつは作州の
「さがりっていうと、あれか? 馬の怨念がどうのこうのっていう?」
その時、クワの木がざわざわと鳴った。
…………。え、あの、その、これって……。
「やっちまっただな、
「やっちゃったね…、
「だなぁ。まあ、俺は全部叩っ斬る自信あるけど、どうする?」
「え、え、え? ウソでしょ?」
おいらの予想は的中してしまった。クワの木ががさがさ音を立て、ばらばらと馬の首が落ちてくる。それも、いっとう不気味な奴だ。頭から人間の手が生えていて、人間と馬とタコの目がぎょろぎょろとおいら達を見定めてくる。
「
「なんも怖ぇ事なんてねえずら。
「何か……。気持ち悪いよう……」
「『さがり』を見たら、病気になるらしいっちゃ。後で
うん、と、応える前に、
「焼き尽くせ!」
「おい
「出来ない…。でも、すぐ逃げる事なら…」
「それでいく! こうなったら一網打尽だ!」
燃え盛る炎の中で、
「いっけえええええええ!」
「ああ……。私のあんた……」
女の人は、さがりとは似ても似つかない、きれいな馬の首を抱き締めて、涙をこぼした。
「勇士達よ、ありがとう。貴方のお蔭で、最愛の人と再会することが出来ました」
人って、馬じゃないか。しかも頭だけじゃないか。と、思ったんだけど、女の人はおいらのほっぺたにてのひらを当てて、すぅっとおいらの寒気を取ってくれた。多分、さがりの呪いを解いてくれたんだ。
「オシラサマ…。危険が伴ったとはいえ、ご神体を侮辱し遊ばしましたこと…。どうぞ御赦しください…」
「勇気ある修羅の子らよ、今の私に出来る礼は、これしかありません。これからも旅を続け、功徳を積み、業の道程を旅するのです」
なんかよく分かんない事言ってるけど、女の人――オシラサマは、さっきの一撃で今にも折れそうな
「
「ふわぁ……すっげえ! 俺が野太刀使う度にボロボロになっちまってたのに! こりゃすげえや! ありがとさん、オシラサマ!」
「
「童子よ。貴方の功徳の為に、加持祈祷を行う様、屋敷の者達に伝えましょう」
「ありがとうございます、オシラサマ…」
なんのことかな?
「さあ、屋敷の者らの枕辺に立つ前に、貴方方を送って行きましょう」
そう言うと、オシラサマは四頭の馬を呼び、おいら達をずっと山を超えた古寺まで送ってくれた。古寺に着いて、おいらがお礼を言おうとしたとき、オシラサマはもういなかった。でも
「あ、そうだ
「何それ…。……水墨画…?」
そうかも、と、おいらが真っ二つになった水墨画を
「多分、紙舞の仕業だね」
「カミマイ?」
「神無月のころ…。風も何もないのに突然紙が舞わせて人を驚かす、
「何の絵が描いてあったの?」
「知る必要もない他愛のない落書きだよ…」
そう言って、
まあ、オシラサマも助けられたみたいだし、もういっか。お休みなさーい!
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