大凶美幸と愉快などうぶつ達 - king of children-

あすぱら

第1話 にんじゃってかっこいいよね

 彼女は不思議な子だった。名前は大凶美幸だいきょうみさち。物騒な苗字とは裏腹に、とても優しい女の子で、近所の犬や猫に話しかけてはなつかれていた。そんな溢れる動物愛から、クラスメイトには「動物の王様」なんて呼ばれていた。長谷円はせまどかという名前から「ながたにえん」と呼ばれ続けている私とは偉い違いだ。

 私が美幸ちゃんと出会ったのは幼稚園の頃。そして別れたのも幼稚園の頃だった。

 当時の私は、仲のいい友達もいなくて、その上引っ込み思案だから、いつでもどこかに隠れていた。その所為で、周りの子たちに「にんじゃ」なんてあだ名されるくらい。でも、そんな私に話しかけてくれたのが美幸ちゃんだった。

「ねこさんが、あなたとはなしたいって」

 木陰で体育座りしていた私に、彼女はそんなふうに声をかけた。彼女のちいさな腕の中には確かに一匹の子猫が居て、じっとこちらを見ていた。

 私が恐る恐る、猫の頭に手をやると、猫は「にゃーお」と鳴いた。美幸ちゃんも「わーあ」と笑った。そんな可愛らしい一場面から、私と彼女は仲良くなったのだ。

 しかし、そんな彼女との毎日は、すぐに終わってしまった。引っ越し。私の父親は個人営業で、都心から離れたこの街で働いていたが、ある日事業を拡大しないかと大手企業からオファーがかかった。それにより、都会に引っ越す事を余儀なくされたのだ。

 引っ越し当日。私は美幸ちゃんに別れを告げなければならなかった。

 お別れの時、私は名前を呼び続けた。ずっとこの日を、忘れないように。


「美幸ちゃん! 美幸ちゃん……!」


「美幸ちゃん! 美幸……」




――数年後。



「美幸さん! 美幸さん!」


「美幸さん! 美幸さん!」


「うおお! 美幸さん!」


 むさ苦しい男どもの叫ぶ声が聞こえる。いったい誰が信じるだろうか。高校二年生の夏。私は転校先の学校で、大凶美幸と再会した。

 感動の再会。そう言いたいところだが、残念ながらそんなに可愛らしい状況では無かった。

 動物の王様なんて持て囃されていた彼女は、十年間の月日を経て、とんでもない猛獣の王となっていたのだ。掻い摘んでいうなれば暴走族のトップである。

 百獣の王たる彼女の周りには、金髪やらリーゼントやらの男たちが並び、彼女に敬意の眼差しと忠誠を示す雄叫びを上げている。

 どうか夢であってくれ。せめて同姓同名の知らない大凶美幸であってくれ。


「さすが美幸さん! 東ワクワク幼稚園上がりは皆パネェって噂だが、その中でも美幸さんが一番だぜ!」


 うわダメだ本人だ。私たちの通っていた幼稚園は間違いなくそれ。東ワクワク幼稚園。

 ちなみに、何にそんなに歓声が上がっているかというと、隣のクラスを仕切る「B組の獅子」こと地獄谷極太郎じごくだにごくだろうに、美幸ちゃんが給食の牛乳一気飲み対決で勝利したのだ。

 これにより、全クラスの猛獣たちが美幸ちゃんの配下になったらしい。

 

 さあ彼女の愉快な仲間たち、動物さんたちを紹介するぜ。

 

 まずライオンさん――地獄谷極太郎。肉食系男子を自称し、凡そサラダチキンばかり食べていたら蛋白質がイイ感じに身体に回ってマッチョ。

 キリンさん――霧島康太きりしまこうた。麒麟ビールが大好きな中年。

 わんわん――蹴辺呂助けるべろすけ。地獄の番犬。ありていに言って顔が三つある。

 

 まだまだいるが、これ以上は頭が痛くなるから省略したい。

 何はともあれ、私は困惑していた。


「美幸ちゃ……」

「オラァ何しとんじゃテメェア‼」

 どうすべきか分からず、とりあえず声をかけようとした私を、モヒカンが止める。

「えっと……すみません」

 私は頭を下げてその場を去る。私にはどうする事も出来ない。名前を呼ぶだけでこれなのだから、近寄ることなどかなう筈が無い。

私は廊下の窓から見える桜の木を見上げた。あんなに仲良かったのに、私と美幸ちゃんの距離は一体何故こうも開いてしまったのだろう……



「今年もサル年ぃぃぃぃぃいいいい!!」



 矢先、窓が割れる。「日本一」と書かれた電子ボードをカゴに乗せた電動チャリンコが廊下に着地する。

「俺は猿頭桃太郎さるがしらももたろう! 今日こそ学年一位の座は貰うぜぇぇえ!」

 電動チャリンコから勢いよく飛び出したのは、ロングヘアの男であった。よく見ると右手はサイボーグで、左手もサイボーグである。

 男は、美幸ちゃんを取り囲む動物さんたちに殴りかかる。

「あ、待って……!」

 驚いたことに、そんな緊迫した声の主は私だった。今まさに、戦いの中心部にされつつある彼女を守ろうと、飛び出してしまったのだ。

 瞬間、世界が歪んだ。漫画の集中線みたいに、目の前の景色が歪んでいく。「ああ、これがこの小説における戦闘開始の描写なのか、ゲームかよ」なんて思った。


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