第九話 ウォンツ

「店の調子はどうかな、メルちゃん?」


「え、えへへへへ……そ、それはもう、その、今日はちょっと少ないですけれど、お陰様で、そのっ、それなりには……ぼちぼちと……!」


 ウォンツの言葉に、メルは目を逸らしながら答える。


「前置きはまぁ、いいか。悪いけどね、あまりこの《妖精の羽音》が奮っていないことは既に知っているんだよ。誘った身としても心苦しいけれど。他の有名店と方針が被っちゃったのと、権利関係で揉めて商品がいくつか潰されちゃったのが痛かったね」


「ま、まだまだ大丈夫ですよぉ、ウォンツさん! ここっ、ここから! ここから挽回しますからっ! ここから! なのでその、店を潰すのはもう少し待っていただけたら……!」


 メルが必死にウォンツへ頭を下げ続けている。


 ……さっきまでゲロカス詐欺師のゴミウォンツ呼ばわりしていたのだが、やはり虚勢が入っていたようだ。

 実物を目前にするとまるで頭が上がらなくなってしまっている。


「権利関係の揉め事って、何があったんですか? 初耳ですが」


 俺は傍らのロズモンドへと尋ねた。


「この都市では商品の仕組みや構造が利権化しておるのだ。グリード商会お得意の、大手をルールで守るための条例であるな。無許可で類似商品を作れば、商会に訴えられて利益の一部を吸い上げられることになる」


 地球でいうところの特許権か。

 メルは手痛い目に遭ったようだが、その辺りの権利関係がしっかりしているのならばむしろ安心できるかもしれない。

 こちらが革新的な商品を出せば、その権利も保護される、ということだ。


「メルも当然引っ掛からんように気を付けておったそうだが、大手から難癖を付けられ、訴えに出るぞと脅しを掛けられたのだ。利権騒動に巻き込まれれば、それだけで店の評判を落とすことになる。メルに別の人間を雇う余裕もない以上、出廷している間は店を閉じることになる。元より審査側がグリード商会の上層部である以上、新参者に有利な判決を出してくれるとはとても思えん。メルは泣く泣く一部の商品の取り下げと謝罪で内々に許してもらったそうだ」


 どうやら好調だったメルの店の勢いを削ぐために、都市のルールを逆手にとって難癖を付けて看板商品をいくつか潰されたらしい。

 お、思いの外に闇が深い……。

 これ、本当に真っ向勝負で勝てる余地があるのだろうか。


「詳しいですね、ロズモンドさん」


 ロズモンドはこの都市ポロロックの出身ではないし、商売人でもないのに、ここのルールや実情をよくわかっている。

 俺は地球に似た法律があるから付いて来られているが、ポメラは横で聞いていて話の筋を理解するのに苦労している様子であった。


「マナラークも錬金術で栄えた都市であるから、この都市に近い条例がいくつかあった。依頼で商会の護衛をしたこともあったし、権力争いに巻き込まれたこともあったから、我も元々多少は知識がある。……それにメルの奴の目を覚まさせるためにも、ここ数日、あれこれと勉強しておったからな。話を聞いて不穏な気配がしたから少し調べてみれば、きな臭い制度や不当な契約がこれでもかと出てきおったわ」


 マナラークのルールと比較できるためこのポロロックの異質さを理解できたのだろうが、メルを説得するためにわざわざ勉強し直した辺り、相変わらずロズモンドが聖人すぎる。


「メルちゃん、そのことなんだけどね、実はここに支店を構えたいって言っている人がいるんだ。今なら、それなりの額を出すと言ってくれている。キミの負債も抑えられるかもしれない。私も、少しでもいい条件で進められるように尽力させてもらうよ。どうかな?」


 ウォンツは人工的な笑みを携え、メルへとそう語る。


「『今なら』……『かもしれない』……か。聞こえのいい言葉を並べて、急かして、何一つ保障はしない。話からウォンツのやり口はだいたいわかっておったが、見事なまでに典型的な詐欺師であるな。おいメルよ、そんな甘言に乗るではないぞ」


「今なら、負債が抑えられるんですかぁ……! そっ、それなら暗黒区でバラバラ死体にならなくても済みますか!」


 メルは顔色を輝かせてウォンツの話へと飛びついていた。

 ロズモンドが疲れ切ったように溜め息を吐く。


「バラバラ死体……? 商会への登録を破棄した時点で違約金が発生するし、そこで負債が出た場合は商会の斡旋した仕事で働いてもらうことにはなるけれど……メルちゃんが嫌なら、私もどうにかできないか口利きしてあげるよ。最大限、力になると約束しよう」


「ありがとうございますぅ、ウォンツさん……! ウチ、本当にもう駄目かと思ってて……!」


「元々、メルちゃんを誘ったのは私だからね。今回は不運だったとはいえ、私も責任を感じているんだよ。できることはするさ。じゃあメルちゃん、こっちの用紙に署名してくれたら、後は私が手続きを進めておくから……」


 ロズモンドが二人の間に入り、ウォンツの手から紙を奪った。


「キミ……何を……」


 ロズモンドは紙を破り、辺りへとばら撒いた。


「わっ、わっ、わーーーっ! ロロッ、ロズモンドさぁん! 何してるんですか! それっ、ウチの生命線で……! それないとウチ、暗黒区行きになっちゃう……!」


 メルが大慌てで紙片を拾い集める。


「地獄の片道通行手形の間違いであろうが。何度も同じ手に引っ掛かりそうになりおって。本当に助けたいと思っておれば、グリード商会の重鎮であるウォンツならば権利関係で難癖を付けられたときに、いくらでも対抗する手立てを取れたはずであろうが」


 ロズモンドはメルの言葉を鼻で笑い、ウォンツを正面から睨む。

 ウォンツの背後に控えている彼の護衛の大男が、一歩前に出た。


「ウォンツ様に何か言いたげなようだな、女」


「……ジュド、やめなさい。私は喧嘩に来たわけじゃない」


 ウォンツは大男……ジュドの動きを手で制する。


「ロズモンドさんというのですね。流れの冒険者の方かな。随分と私のことを誤解なさっているようだが、その言い方はさすがに失礼ではないかい? 疑問があるにしろ、最初から喧嘩腰というのはスマートじゃない。貴女のいた野蛮な都市では知らないが……特に、このポロロックではね。もっとも、武力でも我々が劣るとは思わないが」


 ウォンツは挑発気味に、ロズモンドへとそう口にした。

 態度からは自信と余裕が滲み出ている。

 自身の思惑に勘付いているロズモンドを前にしても、一切動揺を表に出す素振りがない。

 どのような不確定要素が現れようがどうとでもなると、ウォンツはそう確信している様子であった。


「フン、メルから聞いた話でわかってはおったが気に喰わん男だ。言動の全てが鼻につく」

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