第五章 強欲の審判者

第一話 《神の見えざる手》

 カナタ達のいる大陸の北部、人類の踏み込まぬ魔物の世界。

 その奥地にある巨大建造物神の腕

 中には三つの人影があった。


 王座に座る仮面の世界王ヴェランタ

 魔術式の刻まれた布に身体を隠す《沈黙の虚無》。

 そして三メートル近い背丈を持つ、甲冑を纏った悪鬼のような第六天魔王ノブナガ


 彼ら三人は、上位存在が世界ロークロアを制御するために作った組織である《神の見えざる手》の《五本指》であった。


「しつこく招集を掛けてくれるな、ヴェランタ。こんな短期間で、何度も、何度も……」


 ノブナガが苛立ったように口にする。

 それから顔を顰め、周囲を見回した。


「他の二人はどうした? 特に今回は《空界の支配者》の現状報告ではなかったのか? チッ、よりによって、雑魚二匹が揃いも揃ってこの儂を待たせるとは」


「そなたを呼んだのは他でもない、その件なのだ」


「ぬぅ?」


 ノブナガが表情を歪める。


「《空界の支配者》と連絡が取れん。死んだか、どこかに拘束されているものだと考えられる。裏切った線もあるが、素直にカナタ・カンバラとの戦いに敗れたと考えるべきだろう」


「奴が敗れただと? ハッ、ざまあないことじゃ。元々奴は偵察が役割であったというのに、急いて仕損じたな。のう、ヴェランタァ、ヌシが奴に、貴様は入れ替え候補だから実績を作っておけと、そう急かしたのが悪かったのではないか? カカカ!」


 ノブナガが笑い声を上げた。

 それからノブナガは顎に手を当て、ヴェランタへと目をやった。


「しかし……随分と曖昧な言い方じゃな。《空界の支配者》がどうなったか、わからんのか? 《世界の記録者ソピア》に監視させてはおらんかったのか? 《空界の支配者》に突かせて動きを見て、それを《世界の記録者ソピア》に解析させる算段ではなかったのか?」


「その《世界の記録者ソピア》だが、こちらも連絡が取れん。同様に死んだか拘束されたか、裏切ったと考えられる。奴は生ヘの執着が強く、生き様が汚い。必要とあれば何でもやる女だ。こちらは充分裏切った可能性もあると考えている」


「ハッ! どいつもこいつも、肝心なときに役に立たぬ愚図ばかりよのう! いや、これは傑作であるわ! そうか、あの馬鹿女が裏切ったか! 生き様が汚いとはよく言ったものじゃ! だからあれだけ銭を稼いで、長生きできたのだろうがな」


 ノブナガが満足げに笑う。


「そして、今更になって、追加の神託が出された。カナタ・カンバラに与するだろう、白髪のリッチ、ルナエールに気を付けるようにな。ソピアの力があれば、既知の相手に捕まったとは思えぬ。恐らくソピアはルナエールの襲撃を受けたのだ」


「……随分と急な神託じゃが、もしや上位存在は行き当たりばったりで行動しておるのか?」


「具体的過ぎる神託は出さない、異世界転移者に直接関与する神託は出さない。これは今までは絶対の掟であったのだ。如何なる事態に陥ったとしても、必ず駒を用いて、間接的に異世界転移者の行動に干渉することで世界を修正する。その掟のどちらもが破られたのだ。恐らく此度の騒動には、上位存在達も迷走しているのだろう。我々に情報を与え過ぎたくはなかったが、今更になってどうにもならないと踏んで全てを開示したのではないかと考えている」


「愚物ばかりらしいな。そんな奴らに世界の運命を握られているというのは馬鹿らしい」


 ノブナガはそこまで言うと、腰に帯びた刀へと手を掛けた。


「元々、儂が《神の見えざる手》に従っておったのは、他の面子から同時に掛かられてはどうともできぬし、つまらんと考えておったからじゃ。ヌシら二人だけであれば、儂が大人しく従ってやる理由もない。ヌシら二人を斬り殺し、今度こそ儂が世界の全てを支配する、その方がずっと面白そうではないか。そうは思わぬか、ヴェランタ?」


「そなたは強い。その気になれば、確かに我の首が斬れるであろうな」


「なんだそのつまらん言い草は? 張り合いのない。仮にもヌシは、世界の王を自称しておるのだろうが」


「だが、我に《沈黙の虚無》……ゼロを使わせるな。ゼロが一度本気を出せば、我でもそなたでも止められはせん。ゼロは最悪の場合に備えた、この世界をやり直すためのリセットボタンのようなものだ。我とて使いたくはないが、今暴走したそなたを止めるには、ゼロを動かすしかない」


 ノブナガはゼロへと目を向けた。

 ゼロは相変わらず、黒い布を被ったまま沈黙している。

 子供のような体躯をしており、全く気迫を感じない。


「チッ、興が削がれたわい。ヌシらの相手をするより、今はカナタかルナエールとやらと戦った方が面白そうじゃな。ヴェランタ、今しばらくは従っておいてやろう。だが、その後は儂の気紛れ次第だと理解しておけ。せいぜいまた、役に立たぬ指の数を揃えておくことじゃな」


「覚えておくことにしよう。だが、次に出るのはそなたではない」


「なに? ヌシが直接出向くのか? それともまさか、ゼロを動かすと?」


「何もわからぬまま指の数を二本失ったのだ。主戦力の無駄な分散はできん。撒いていた種を使い、カナタ・カンバラを攻撃する。それで仕留めきれればそれでいい。仮にそこでもカナタ・カンバラが勝てば、その際に得た情報を元に、我らが全力を持って奴を叩く。できれば《空界の支配者》と《世界の記録者ソピア》の現状を調べ、救出及び説得しておかねばな。二人共、死んだとは限らん。簡単に手放すには惜しい」


「おう、おう、それはなんとも聡明で……臆病なことじゃな、世界王」


 ノブナガがヴェランタを嘲笑った。

 ヴェランタは仮面の奥で微かに笑い声を上げ、王座から立った。


「臆病にもなろうというものだ。我らが背負っているのは、世界の命そのもの。十億の民の命が我の采配に委ねられている。我は必ず、ロークロアの秩序と存続のためカナタを処分する。どんな手を使ってでもな」

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