第十六話 屋敷
俺達は桃竜郷の、ライガンの屋敷へと招かれた。
ライガンは俺達を厄介者扱いしているようだったので、この対応は意外であった。
「通常は、招いた竜人が責任を持って見張っておくものだ。下賤なニンゲンから目を放してほったらかしにしていれば、この美しき桃竜郷に何をしでかすかわかったものではないからな。それにドラゴンの恩人として招き入れた以上、無碍に扱うわけにはいかん」
ライガンは鬱陶しそうにそう口にした。
ラムエルからは自身の名前を出さないでほしいと言われており、そのためドラゴンを助けてこの地を教えてもらった、ということにしている。
「ありがとうございます……」
俺は苦笑しながら、礼の言葉を口にした。
俺の様子を見て、ライガンが口端に意地の悪い笑みを浮かべた。
「招き入れた以上、無碍には扱えん。だが、この地には我らのしきたりというものがある。桃竜郷を訪れたからには、桃竜郷の習わしに従ってもらおうか。たとえ貴様ら二人が、童女の付き添いであったとしてもな」
「つまり……?」
俺は嫌な予感がした。
ライガンはどうやら、習わしを用いて俺達に何かを仕掛けようとしているらしい。
「人里からしてみれば僻地であろう、ここまでご足労いただいたのだ。さぞ腹を空かせていることであろう? おい、食事と……それから、竜酒を持て!」
ライガンが声を上げる。
屋敷奥から使用人らしい女の竜人が二人現れ、食器や料理を運んできた。
料理はラムエルから聞いていた通り、あまり調理に工夫の凝らされてないように窺えるものが多かった。
鶏肉や魚をそのまま焼いただけのものや、野菜を盛り合わせにしただけのサラダがあった。
まともに切り分けられてはおらず、一つ一つの量が多く、なかなか豪快だ。
食文化は未発達だとラムエルからは聞いていたが、食べ切れるかどうかの不安はあるが、しかしこれはこれで悪くないように思う。
しかし、竜酒というのは初めて聞いた。
「まずは盃を交わしていただこうか」
ライガンはそう口にして、竜の彫られた壺を机の上に置いた。
「この竜酒……レベルの低い者が口に含めば、身体の奥から焼き切られるような苦痛に襲われる。だが、これを一口もできぬ程度の者であれば、客人としての対応をすることは難しい。強さを重んじるこの桃竜郷ならではの風習だと、理解していただきたい」
ライガンは口許を歪めて笑みを浮かべ、慇懃にそう口にした。
そういうことか……。
俺達をフィリアの付き人と見て、レベルはさほどではないと考えたのだろう。
「この我とて、そう気楽に何杯もは飲めぬ代物……。だが、せめてひと口は飲んでいただかねばな。しかし、人の身で飲むことが難しいことも理解しておる」
ライガンがそう言うと、使用人らしい竜人が大きなタライのようなものを運んできた。
「飲んでから苦しければ、こちらに入っている水を口直しに使ってもらって構わん。もっとも、少々人がするには品位に欠ける飲み方になるが、これだけの量が必要なのだ」
……レベルが足りなければ、竜酒の激痛に襲われた挙句、タライに首を突き入れて恥を晒すことになる、ということか。
「……フィリアちゃんは子供ですし、彼女には勘弁してもらえませんか?」
「それは仕方のないことである。だが、ここ桃竜郷では、幼竜人以下と判断される。その場合、フィリアには《竜の試練》を受ける資格を与えるわけには……」
そのとき、机に大きな口が現れ、料理の一部ごと竜酒の壺を呑み込んだ。
口はすぐに閉じて、机の中へと消えていった。
フィリアを振り返れば、彼女はもぐもぐと口を動かしていた。
「フィリア、甘いものが食べたい……」
フィリアが小さく零す。
そのとき、口から壺の欠片が落ちた。
「我とて、そう気楽に何杯もは……」
ライガンがもごもごとそう口にした後、屋敷の奥へと顔を向けて怒鳴る。
「あ、新しい竜酒を持ってくるのだ! 早くせよ!」
すぐに新しい竜酒の壺が用意された。
ライガンは盃に酒を注ぎ、俺へと突き出した。
かなりの高温らしく、蒸気が昇っている。
俺は香りを嗅いでから、竜酒を口に含んだ。
熱い上に異様に辛い。舌が痺れるような感覚まであった。
度数もかなり高いようで、アルコールの塊に香草を突っ込んで熱したもののように思える。
「あまりこういったものは、得意ではありませんね……」
俺が飲み干してからそう口にすると、ライガンが下唇を噛んだ。
「……チッ、痩せ我慢を。おい、次は貴様だ。ポメラとやら」
「ポ、ポメラも、ですか……?」
ポメラが不安げに零す。
俺は血の気が引くのを感じていた。
ポメラも飲むことになる、ということをすっかりと忘れていた。
「あ、あの、ライガンさん、俺がもう一杯飲みますから、ポメラさんのことは見逃してあげてもらえませんか? しきたりなのはわかっているのですが、その、どうか、特例で……」
ライガンは頬に皴を寄せ、笑みを浮かべた。
ついに俺達の弱点を見つけたと思ったらしい。
「それはできんなぁ。齢を引き合いに出せるほど子供でもあるまい。せめて挑んでいただかねば。それは我らを軽んじることになる。黙っていられるほど、我らは卑屈ではない」
「カ、カナタさん、大丈夫です……。ポメラ、やってみせます! レベルも上がりましたし、きっと問題ありません!」
「いや、ポメラさんの場合、そういう問題じゃ……」
「本人が挑戦すると言っているのだ。妨げるのは無粋であろう? さあ、ポメラよ、受け取るがいい」
ライガンが、盃になみなみと竜酒を注ぎ、ポメラへと突き出した。
ポメラはごくりと息を飲んでから、盃に口を付ける。
「あの、ポメラさん! ひと口でもいいそうでしたし……そう一気に行かない方が……!」
それから半刻後。
酔ったポメラに竜酒を強要されたライガンが、タライに顔を突っ込んで泡を吹いていた。
当のポメラは、酔いで顔を真っ赤にほてらせ、竜酒の壺に口を付けて飲んでいた。
「かーなたしゃーん! このお酒、美味しいれすよぉ!」
「……いえ、俺は結構です」
俺は葬儀のようなテンションで、がっくりと肩を下げていた。
「口移ししてあげましょうかぁ、口移し!」
「結構です……」
「照れなくたっていいじゃないれすかぁー! カナタしゃん、かわいいー!」
きっちりポメラの悪癖が出た。
ここが地獄か。
フィリアはポメラにわしゃわしゃと雑に頭を撫でられ、嬉しそうに彼女に身体を預けている。
「すいませーん! あのっ、ライガンしゃんが、追加の竜酒を持ってきてほしいって言ってます! ライガンしゃんが!」
ポメラが屋敷の奥への手を振ってそう口にする。
そのライガンは今、酔い潰れて気を失っているところである。
俺は額を手で押さえ、深く溜め息を吐いた。
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