第十一話 竜人の娘

 邪竜騒動の後、時間も遅いため、都市ポロロックの宿で一夜泊ることになった。


 ディーテはすぐにでも《空界の支配者》が俺を殺しに来るはずだと言っていたが、あの後特にその《空界の支配者》とやらが俺に干渉してくることはなかった。

 そのことは気掛かりだが、こちらから向こうに会いに行く術もない以上、残念ながら向こうが何か仕掛けてくるのを待つことしかできない。


 《空界の支配者》は、ディーテやトロメアとは比べ物にならない程強いはずだ。

 仮に《空界の支配者》を退けても、《神の見えざる手》は残り四人も残っている。

 おまけにその上には、ナイアロトプ達が立っているのだ。


 今の俺では力量不足だ。

 前々から思ってはいたが、《歪界の呪鏡》のレベル上げだけではなく、何か上位存在に対抗できる術を、この世界で見つける必要がある。


 ベッドの上で魔導書を読みながらそんなことを考えていると、扉をノックする音が聞こえてきた。

 ポメラかフィリアかロズモンドか……恐らくはポメラだろう。

 俺は魔導書を置いてベッドから降りて、扉を開いた。


「何か、気になることでもありましたか?」


 そう言いながら開いた扉の前には、見知らぬ少女が立っていた。

 藍色のウェーブが掛かった髪をしており、丸っこい金色の猫目が特徴的だった。

 首からは真っ赤な、派手な水晶の首飾りをしている。


 だが、猫目や首飾りよりも先に、頭の角と、背の翼、そして二つの尾へと目が向いた。


 彼女は猫のような愛らしい目で、俺に何かを期待するように見上げていた。


 角と翼と尾は、俺にドラゴンを連想させた。

 また《空界の支配者》とやらの送ってきた刺客かもしれない。

 咄嗟に下がり、《英雄剣ギルガメッシュ》の柄に手を触れた。

 

「君は……!」


「わっ! きゅっ、急にすいません! ボ、ボク、そのっ、怪しいものじゃないんです!」


 少女はぱたぱたと手を動かし、身体を守るように前へと構える。

 その様子を見て、俺はひとまず《英雄剣ギルガメッシュ》から手を離した。

 少女は安堵したように手を落とす。


「本当、急にすいません! あの、貴方、都市の外で大きなワンちゃんの背に乗って、双獄竜と戦っていた方ですよね?」


 双獄竜……?

 炎獄竜と氷獄竜と呼ばれていた、ディーテとトロメアのことだろうか。


「そうですけど……」


「やっぱり! ボク達竜人は目がいいので、似顔絵を描いて捜し回っていたんです! カナタさんっていうんですよね! 実はボク、邪竜が人里を荒そうとしているって知って、どうにかニンゲンさん達に邪竜のことを知らせて、彼らの凶行を止められないかと思ってここの都市に来たんです! 結局間に合わなくて、何もできなかったんですけれど……でも、カナタさん達がここにいてくれて、本当によかったです!」


 少女は興奮気味に捲し立てる。


「まさか、ドラゴン界の中でも危険視されていたあの双獄竜を圧倒できるニンゲンさん達がいたなんて、知りませんでした! ボク達竜人も、いつかニンゲン達が滅ぶんじゃないかと冷や冷やしているんですが、カナタさん達がいる今代は心配なさそうですね!」


 どうにもドラゴンと竜人にも、何か深い関りがあるらしい。

 彼女の言動から察するに、竜人も大分ドラゴン寄りの観点を持っているようだが。


「……それで、何の用でしょうか?」


「と、すいません、自己紹介が遅れてしまって! ボク、桃竜郷とうりゅうきょうから来た竜人でして、ラムエルといいます! ボク達竜人の役割でもあった邪竜討伐を行っていただいて、本当にありがとうございます! カナタさん達に直接お礼がしたかったのです!」


 竜社会もどうやら複雑らしい。


「はあ、どうも……」


 眠かったこともあって生返事でそう答えたのだが、ふと双獄竜について詳しく知っているのならば、《空界の支配者》についても何か知っているのではなかろうかと頭に浮かんだ。


 話を聞いている限り、個体数が人間よりも遥かに少ないためか、ドラゴンの社会はそこまで広くないように思えた。

 それに一体一体が長生きであるため、過去の記録もしっかりと残っている。

 

 《空界の支配者》は、品格はともかく、強さはドラゴンの中でも最上位格であるはずだ。

 であれば、ドラゴンの中では名が知れていてもおかしくはない。


 もし敵の所在地がわかれば、こちらから直接出向いて叩くこともできる。

 現状では、下手すれば人里の中で襲撃に遭いかねない。


「お礼がしたいということでしたら、教えてほしいことがあるのですが……」


「はいっ! 何なりと! ボクの知っていることでしたら、何でもお話いたしましょう!」


「《空界の支配者》について知っていますか?」


 俺が尋ねると、ラムエルは目を見開き、表情を強張らせた。

 ラムエルは、すぐには何も答えなかった。


「その反応……知っているんですよね?」


「よくご存知でしたね……。あの邪竜のことは、ドラゴンも竜人も恥だとして、好んで口外したがる者はいないはずなのですが。失礼かもしれませんが、ニンゲンさんに話して、どうにかなるものでもありませんし……」


 俺は唾を呑んだ。

 どうやら、ラムエルは《空界の支配者》のことを知っているらしい。

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