第十二話 桃竜郷の話

 翌日、俺はラムエルを連れて酒場へと向かい、そこで詳しく彼女より《空界の支配者》の話を聞くことにした。

 俺とポメラ、フィリア、ラムエル、そして場の流れでついて来たロズモンドの五人で机を囲んでいた。


「竜人のことは噂では聞いたことはあるが、実物を見るのは我も初めてであるな。だが……」


 ロズモンドがそこまで言って、呆れたように息を吐く。

 ラムエルは目を輝かせながら、鶏の太腿へと豪快に齧りつく。

 口の下がタレで汚れていた。


「ニンゲンさんのご飯って、意外と美味しいです! ボク、もっと粗末なものを食べているんだと思っていました!」


「……ナチュラルに失礼なクソガキであるな。秘境に籠って修行を積みながら静かに生涯を暮らし、人間や魔物を監視する、神聖な存在であると聞いておったのだが」


 ロズモンドは目を細め、ラムエルを睨み付ける。


「竜人の食事って、工夫のないものばかりかもしれません。丸焼きに香辛料を掛けただけだとか、同じ大きさに切った材料を混ぜただけ、だとかがせいぜいで。でも、ここの料理は凄い工夫を凝らされてるのが、食べているだけで伝わってきます! 凄いです!」


 ラムエルは随分とこの都市の料理を気に入ったらしい。


「単純な欲望に直結する文化の発達が深くって、ニンゲンさんってさすがです! 竜人は、平和だとか世界の在り方についてだとか、どうすればより強くなれるかだとかに常に向き合っていて、即物的な欲望は二の次になることが多いので、そういった文化はあまり発達しにくいのかもしれませんね!」


「貴様……我らを馬鹿にしているつもりではなく、素でそう言っておるのか? そっちの方が余計問題であるが」


 ロズモンドが眉を神経質に、ピクピクと震えさせていた。


「ごっ、ごめんなさい……。でも、そういうゆとりと遊びのある種族性って素晴らしいことだとボクは思いますよ。竜人は、ニンゲンさんと比べて長命かつ頑丈なので、生理的な欲が薄いのかもしれませんね」


 ラムエルは頭を下げてはいるが、言葉とは裏腹にあまり悪びれている印象を感じない。


「……なかなか強烈な子ですね。あの、カナタさん、本当にこの子が《空界の支配者》について知っているんですか?」


 ポメラが不安げに俺へと尋ねる。


「え、ええ。俺も昨日簡単には聞いたんですが、ポメラさんも直接ラムエルさんから聞いておいた方がいいかな、と」


 昨日話した際には失礼な印象はなかったのだが、食事は文化の差異が大きく出る。

 ラムエルも興奮で少し気が緩んでいるのかもしれない。

 実際、竜人がニンゲンよりも寿命や能力に長けていて、大きな使命を背負って生きている個体が多いのは事実なのだろう。


 ラムエルは鶏肉の骨を噛み砕くと、真剣な表情でポメラへと向き直った。


「ドラゴンの目的は世界の理を守ることなんです。ただ、ニンゲンとはあまりに感性が違うため、度々衝突し、無用な争いを引き起こすことがあります。その争いを避けるため、ドラゴンは人里近くに監視役が必要となった際に、ニンゲンと交わって竜人を生み落とすんです」


「な、なるほど……それが竜人のルーツなんですね」


 ポメラが頷く。


「ボクの暮らしていた桃竜郷とうりゅうきょうができたのは、竜穴を守るためです。竜穴っていうのは、地脈の魔力が集中しているところでして、魔力穴だとか、世界の裂け目だとか、そういった名称で呼ばれることもあります。簡単にたとえると、この世界の臓器みたいなところなんです。

 竜穴の周囲には、結晶化した魔力の塊があったり、強い魔力を帯びた植物が生えていたりします。どれも貴重なものなのですが、これが好き勝手に荒されると、世界各地で大災害が起きたり、多くの木々が枯れたりしかねないのです。通常はドラゴンが守るんですが、当時既にニンゲンさんの王国内であったため、ボク達竜人が番人として生み落とされました。千年近く昔のことです」


 ポメラは頷きながらも、不思議そうな表情を浮かべていた。

 それがどう《空界の支配者》に繋がるのだろうかと考えているのだろう。


「……実はここ最近、《空界の支配者》が桃竜郷とうりゅうきょうにやってきたんです。《空界の支配者》の狙いは、ボク達の守っていた竜穴でした。自身を崇拝している竜人を引き込んで、正体を隠しながら桃竜郷とうりゅうきょうを乗っ取ろうとしていたんです。ボクはたまたまそのことを知ったんですが……《空界の支配者》の手先に冤罪を着せられ、桃竜郷とうりゅうきょうから逃げ出すことになってしまいました」


 ラムエルが《空界の支配者》が人里に双獄竜を向かわせたと知ったのも、そのときだったのだろう。


 元々、《空界の支配者》は強さを得るためにドラゴンの禁忌を冒し、邪竜と称されるに至ったのだという。

 桃竜郷とうりゅうきょうを乗っ取った暁には、世界への悪影響など意に介さず、際限なく竜穴から魔力を抜こうとするはずだ。

 竜穴を守る役割を持った竜人としては、絶対に阻止せねばならないことである。


 ただ、ラムエル一人でどうにかするのは不可能だっただろう。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

『ラムエル』

種族:竜人

Lv :10

HP :45/45

MP :45/45

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 昨日一応ステータスを確認したのだが、ラムエルのレベルはとても高いとはいえなかった。


「ラムエルさんに、そんな事情があったんですね……」


 ポメラが同情したようにラムエルを見る。

 ラムエルは眉根を垂らして申し訳なさそうな表情を作り、俺達へと頭を下げた。


「ラムエルさん?」


 俺が声を掛けると、ラムエルは上目遣いで俺を見上げる。


「カナタさんにも昨日はお伝えしていませんでしたが……ボク、そこでお願いがあるんです! どうか、桃竜郷とうりゅうきょうに向かって、このことを竜人の長である竜王様に伝えてもらえませんか? 双獄竜を一蹴したカナタさん達ならきっと、《空界の支配者》の信者の妨害を跳ね除けて、竜王様との面会に漕ぎ着けることができるはずです!」


「頭を上げてください」


「お願いします! 本当なら、ニンゲンさんなんかに任せていい問題ではないのですが……このままだと、取り返しのつかないことになってしまうんです! 竜人であるボクが、ニンゲンさんに頭を下げているんです!」


 ……ラムエルの言動の節々から、ちょくちょくと竜人であることへの誇りが窺える。


 俺は口許に手を当て、考える。


 どの道、《空界の支配者》はいずれ俺達に何らかの干渉を仕掛けてくるはずだ。

 いつ襲われるかわからないまま人里をうろついているよりは、《空界の支配者》の潜伏している可能性の高い桃竜郷とうりゅうきょうにこちらから乗り込むのは悪くないかもしれない。

 

「お礼をできるような品はボクは持っていませんが……桃竜郷とうりゅうきょうは、とても綺麗なところですよ! 桃竜郷とうりゅうきょうの入口は秘匿されていて、竜人は恩義を感じたニンゲンさんにしかその所在を教えないんです!」


「綺麗なところかぁ……」


 さすがに観光目的で行こうと思える程、気楽には構えられない……。


「それに、竜王様への面会で実力を認められれば、竜王様の保管している高価なアイテムが褒美として与えられるんです! ドラゴンの記した五千年の歴史書や、古くに神々が用いたとされる高位の魔法について記された石板なんかがあるんです!」


「古くに神々が用いたとされる高位の魔法……?」


 もしかして……ナイアロトプのような上位存在の用いた魔法だろうか?

 だとすれば、習得できればナイアロトプ達への切り札となり得るかもしれない。


「カナタさん、これはチャンスなんじゃないですか?」


 ポメラも同じことを考えたようだった。

 俺はポメラに小さく頷き、ラムエルへと向き直る。


「ラムエルさん、その話、もう少し詳しく聞かせいていただいても……」


「すいません店員さん! このお肉、同じ奴を二つください! あ、やっぱり三つ! それから、この料理と、この料理も同じものを二つずつ! ボクまだまだ食べられますから!」


 ラムエルが俺の返答を遮り、店員へと手を振った。

 本当にラムエルは、この騒動を重く見ているのだろうか……?


「あの……かなりの量を食べていらっしゃいますが、お代は大丈夫ですよね? 当店では素材に気を遣っておりまして、その分、近隣の他の店よりやや高額の傾向にあるかなと……」


 店員が恐々と尋ねる。

 ラムエルは手にしていた鶏肉の骨を、テーブルの上へと落とした。


「お、お金……払うんですか? ボク、世界やニンゲンさんを守るために生まれた、竜人種なのに……」


 ラムエルの言葉を聞き、ポメラががっくりと肩を落とした。

 店員は呆気に取られたように口を開けていた。


「……お金なら俺が払いますから、好きに頼ませてあげてください」


 俺は少し呆れながらも、店員へとそう口にした。

 ラムエルの表情が輝く。


「ありがとうございます! ボク、カナタさんのこと大好きです! では、さっき頼んだ分、お願いしますね!」

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