第三章 軍神と赤の杖

第一話 盃と死神

 石壁に覆われた部屋の中で、二人の男が机を挟んで顔を合わせていた。


 男達の背後では、それぞれに彼らの部下が二名控えていた。

 黙って立っているが、全員相手の動向に目を光らせている。

 両陣営とも、何かあれば素早く武器を抜く構えをしていた。


 一触即発の空気の中、片割れの大男が口を開く。


 彼は木の幹ほどの腕を持つ巨漢であった。

 禿げ上がった頭をしており、目は硝子玉のように無機質であった。


 大男の名はボスギンである。

 冒険者狙いの盗賊団、《血の盃》の頭領であった。


 《血の盃》は全体で五十人を超える大規模な盗賊団であった。

 普段は国内の各地方に分かれ、時折組織内で情報交換を行っている。

 幹部勢はA級冒険者にも匹敵する凄腕が揃っていると、恐れられている。


「わかっているだろうが、オレも、お前と戦争したいわけじゃねえ。だが、オレらだけじゃ手に余る案件があってな。お前の手を借りたい」


 ボスギンがそう口にした。


 低姿勢なボスギンを前に、相手の男はニヤリと笑い、机の上に足を乗せた。


「そうか。だが、俺はここでお前達と殺り合うのも悪くないと思っているんだがな」


「き、貴様……! ボスギン様、こいつ、俺らを舐めてますよ! やっちまいましょう!」


 ボスギンの部下が、交渉相手に苛立ち、剣に手を伸ばした。

 その瞬間、ボスギンは立ち上がって腕を振り乱し、自身の部下を殴り飛ばした。

 構えようとした剣が宙を舞い、部下は壁に叩きつけられる。


「あがっ! ボ、ボスギン様……!」


「……部下が失礼した。話を続けよう」


 ボスギンは頭を下げ、椅子に座り直した。


「別にさっきの話、冗談ってわけじゃないんだがな。ボスギン、お前は俺と対等に戦える、この国有数の人間だ。お前ほどの力があれば、冒険者として、そこそこのスリルを得ながら、真っ当に生きて暮らすのは簡単なはずだ。何故、この道を選んだ? 渇いているんだろう、血が」


 男の言葉に、ボスギンは首を振る。


「勘弁してくれ。オレは、お前ほどはキマっちゃいない。レベルだって、そこまで高くはねぇ。オレの望みは、奪い、犯すこと、それだけだ。死にたがりにオレを巻き込むな、狂人め」


 ボスギンは相手の言葉をまともに受け止めず、平静で対応した。

 その様子に男は興が削がれたらしく、溜息を吐いた。


「ボスギン、お前は何もわかっていない。《血の盃》も、程度が知れるというものだ。レベルなど、一つの指標に過ぎない。俺は相手がレベル上だと知っても、それで情けなく屈服したりはしない。むしろ、自分より上の相手など、レベルを上げる絶好の機会だろうに」


「挑発しても無駄だ。それに、お前の相手は別にいる」


「ほう?」


「本題に入らせてもらおう。《血の盃》の部下が掴んだ情報だ。王城の宝物庫に保管されていた……数百年前の異世界転移者の持ち込んだ杖、《赤き権杖》が持ち出されたそうだ」


「持ち出された、ね。確かなのか? 王家が、不用意にそのような真似をするとは思えんが」


 男の疑問に、ボスギンが頷く。


「そうだ、これまで《赤き権杖》は、扱える者がいないため、宝物庫に仕舞われていた代物だ。杖に封じられている大精霊と契約した者のみが手にする資格のある杖であり、所有者であった転生者がとうに死んだ今、意味のないアイテムだとされていた」


「ならば、なぜ今更……?」


「魔法都市マナラークのS級冒険者、《軍神の手アレスハンド》のコトネであれば、《赤き権杖》の装備条件を無視して扱える可能性があるからだ。王家はマナラークに使者を送り、コトネに《赤き権杖》を譲渡するおつもりだろう」


 近年、地方の魔物被害が苛烈になってきた。

 少し前にマナラークでも魔王騒動があり、コトネはその討伐に大きく貢献したと、王城にはそう報告がなされていた。

 王家も、コトネを戦力として期待しているのだ。

 戦力強化のために加えて、魔物の討伐にあまり誠意的ではないと噂の立っているコトネの退路を断つ目的があった。


「《軍神の手アレスハンド》がなければ、《赤き権杖》などただの飾り物だ。だが、その飾り物を欲している、金持ちの蒐集家は五万といる。わかるな?」


 ボスギンの言葉に、男がニヤリと笑った。


「なるほどな。それでお前達は《赤き権杖》を掠め取るため、コトネを見張るつもりか。だが、肝心なコトネが怖い、そういうわけだ」


「……ああ、そうだ。だが、ロヴィス、お前ならば部下の援助があれば、《軍神の手アレスハンド》とも渡り合えると期待している。勿論、オレの部下もいくらでも貸してやれる」


 ボスギンの交渉相手の男……ロヴィスは、椅子へと背を倒し、満足気に腕を組んだ。


「わかった、乗ってやろう。だが、無粋な協力など不要だ。お前達は時期がくればマナラークを荒らして、邪魔が入らないようにしろ。フフ……次の相手は、《軍神の手アレスハンド》か、悪くない」


 ロヴィスは席を立ち、ボスギンへと背を向けた。


「雑兵はお前達で充分だ。《黒の死神》に召集を掛ける必要はないな、俺達はこの三人でやらせてもらう。早速マナラークへ向かうぞ、ダミア、ヨザクラ」


「はい、ロヴィス様」


 ヨザクラが応え、ダミアが大きく二度頷いた。


「《赤き権杖》を狙っているのは、オレらだけだとは限らない。気を付けておけ、意外な強者がマナラークに潜伏しているかもしれん」


「それは俺達に言っているのか?」


 ロヴィスはボスギンへ背を向けたまま、ひらひらと彼へと腕を振った。


「はっきり言っておいてやろう。ボスギン、俺はお前を殺すつもりでここに来た。お前の提案に乗ってやったのは、《赤き権杖》騒動に興味が出たからだけじゃあない。単にお前への関心が失せたからだ。俺達黒の死神は、《血の盃》のように甘っちょろい集団じゃあない。群れて猿の大将を気取っている内に、牙が鈍ったか、ボスギンよ」

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