第四十八話 軍神の実力(side:ポメラ)
周囲はあっという間にラーニョに埋め尽くされていく。
この場にいる人間は、とにかくこの場から離れようと逃げる者、馬車の中に隠れようとする者、そしてラーニョに立ち向かう者へと三つに分かれた。
「ど、どうして、この場にピンポイントに魔物が現れるんだよぉ!」
逃げる男がそう叫んでいた。
その後を一体のラーニョが地を這って追っていく。
ロズモンドが間に飛び入り、手にした十字架でラーニョの背中を地面へ串刺しにした。
ラーニョは体液を撒き散らし、手足を痙攣させて動かなくなる。
ロズモンドは逃げる男を尻目に睨み、鼻で笑った。
「ハッ、これで察しの悪い馬鹿でも、今回が魔王絡みだと気が付くな」
通常、都市近辺に魔物の大群が現れることはない。
冒険者が定期的に周辺を探索し、魔物を間引いているからである。
故に逸れた個体がたまたま都市近くまで来て騒ぎになることがあっても、魔物の大群が冒険者にも狩られず、感知もされずに都市まで現れることは滅多にない。
あるとすれば、知性の高い魔物が明確な害意を以て魔物の群れを都市まで誘導した場合くらいである。
「フィリアも、フィリアも頑張る! 都市守って、いっぱい褒められる!」
フィリアもぐぐっと腕を伸ばし、そう意気込んでいた。
思わずポメラは彼女の肩を押さえて止めた。
「ま、待ってください! フィ、フィリアちゃんはその……加減が苦手なので、あまり人の多いところでは、大人しくしておいてもらえると助かるといいますか……」
フィリアが本気を出せば、魔物諸共街の人間まで粉砕しかねない。
それと同時に、これまで同様に巻き込まれたポメラの評判がとんでもないことになることも、容易に想像がつくことであった。
「で、でも、フィリアも街、守りたい……。せっかく参加したんだし、いっぱい頑張って、後でカナタにも自慢したい……」
フィリアがしゅんと肩を落とした。
「フィ、フィリアちゃんは……その、秘密兵器ですから」
「フィリア、秘密兵器! 格好いい!」
フィリアが表情を輝かせる。
何とか丸め込まれてくれそうで、ポメラはほっと息を吐いた。
「そ、そうです。ですから、もしも、劣勢になったら、そのときはよろしくお願いしますね」
「うん!」
フィリアは力強く頷き、握り拳を作って返事をした。
フィリアはわくわくした様子で首をあちこちへ回し、周囲を観察する。
誰かが窮地に陥っていないか確かめているのだろう。
ポメラはそんなフィリアを見て、一人息を呑み、自分が頑張らないければならないのだと覚悟を決めていた。
もしも劣勢にしてしまったら、フィリアが何をしでかすかわかったものではない。
「
ロズモンドが十字架を掲げる。
彼女の放った土塊の球体が爆発を起こし、八体近いラーニョを一度に吹き飛ばした。
「ハッ! わらわらと雑魚が集まってくれたお陰で、我の魔法で巻き込みやすくて爽快だな!」
ロズモンドは爆風でひっくり返ったラーニョへと近づき、十字架を振り回して止めを刺していく。
「む、無茶苦茶しやがる……」
「だが、さすが《殲滅のロズモンド》だな。大多数を相手取るソーサラーとして、あそこまで完成された魔術師はなかなかいまい」
周囲の冒険者達が、ロズモンドをそう評価した。
ロズモンドは少し彼らを振り返る。
気分を良くし、「フン」と軽く笑った。
「どうだ小娘? 貴様も魔法は腕が立つらしいが、数相手では我の方が……」
「
ポメラが大杖を掲げ、魔方陣を展開する。
十数個の炎の塊が宙を飛来して意思を持っているかのように動き回り、辺りのラーニョ達を的確に撃ち抜いていった。
「な、なんだ今の魔法は!? 複数の炎弾を、完全に自在に操っていたぞ……」
「第七階位魔法を完全に物にしている。何より、あれだけの大魔法を放って、消耗が全く見られない……。A級冒険者を簡単にあしらったと噂で聞いたが、あれほどとは……」
周囲からどよめきの声が上がった。
ポメラは恥ずかしそうに肩を窄める。
「我の方が……我だって……」
ロズモンドは十字架を持つ手をだらんと下げて、ポメラの様子を眺め、ぶつぶつと何かを小さな声で口にしていた。
「どうしましたか、ロズモンドさん?」
「……あの男といい、貴様らといると自信がなくなってくる」
ロズモンドがしゅんと肩を落とした。
「ロ、ロズモンドさん!?」
その後も順調にラーニョ狩りを続けていった。
一か所に留まらず、ポメラはフィリアを連れて苦戦していそうな場所へと向かっては、魔法を放ってラーニョの数を減らした。
その度に何故か対抗意識を燃やしたロズモンドが、ポメラの後を追いかけてきていた。
ラーニョは地面を破ってどんどんと現れていくが、数は目に見えて減りつつあった。
「フ、フン、この調子ならば、案外苦戦することなく片付きそうであるな」
ロズモンドは息を荒げながら十字架を地面に突き、自分の身体を支える。
基本的に範囲魔法の連打で戦うため、どうしても魔力の消耗が激しいのだ。
もっとも討伐したラーニョの数を思えば、それも仕方のないことではあったが。
「《
ポメラは相変わらず、一定間隔で第七階位魔法を放ち続けていた。
「貴様……魔力の量、おかしくないか……?」
討伐数ならばどうにか張り合えるかもしれないと必死に魔法を連発していたロズモンドも、ポメラの魔力量に勘づき、対抗心が恐怖へと変わりつつあった。
ポメラはロズモンドの方へと向いたが、そのとき視界にフィリアの姿がないことに気が付いた。
「あ、あれ!? フィリアちゃん、ついてきていませんでしたか?」
「貴様はラーニョを狩るのに必死になっておったし、あのガキも自由そうにふらふら動いておったからな。しかし、目を離したからと言って不安はあるまい。あのガキならば、貴様よりよほど頑丈であろう」
「フィリアちゃんより、その……どちらかというと、フィリアちゃん以外の全てが心配で……」
ポメラが頭を抱える。
フィリアはポメラよりもよっぽど強い。
しかし、心配なのは、フィリアがあの持ち前の無邪気さで、その強大な力を振りまくところにある。
なるべく力を使わないようにとはポメラもフィリアに言っているが、目の届かないところで何をやらかすのかはわかったものではない。
いや、目が届いていても突然ポメラの予想外の行動を取ることは考えられるし、そうなった際にはポメラには止める力がない。
「な、なるほど……。しかし、捜しているような余裕はないぞ。ラーニョを狩りつつ移動して、合流を待つしかあるまい」
「そうですね……。向こうの方、ポメラ達が全く向かえていませんでしたが、大丈夫でしょうか?」
ポメラが、建物を挟んだ少し離れた場所へと目を向けた。
「心配あるまい。あそこは、《
丁度目を向けたとき、建物の屋根に《
ラーニョの群れはコトネに目をつけているらしく、建物を大量のラーニョが犇めきながら登ろうとしていた。
他の場所よりも明らかにラーニョの数が多い。
かなりラーニョ達は、コトネを警戒しているようだった。
コトネは弓を構え、無表情で向かってくるラーニョを射続けている。
凄まじい速度の連射であった。
「す、凄い……コトネさんって、弓使いだったんですね……」
「いや……《
やがて建物がラーニョで埋め尽くされた。
コトネは屋根を蹴って、宙高くへと飛び上がった。
「
弓と矢が光に包まれて消える。
代わりにコトネの手に、彼女の背丈の五倍以上の全長を持つ大斧が握られた。
青い鉱石で造られており、文字列が模様のように刻まれている。
「《
見ていて不自然なほどに巨大な斧が、小柄なコトネの一振りで綺麗に半円を描いて建物の屋根を穿つ。
建物全体に罅が入り、一瞬で崩壊してラーニョの群れが生き埋めになっていく。
「た、確かに、あっちの方は大丈夫そうですね……」
ポメラはごくりと息を呑んだ。
コトネは残骸とラーニョの死体の山に突き刺さる、彼女自身の振り下ろした斧の刃の上に立って周囲を睨んでいた。
どこか眠たげな眼をしていたが、ぴくりと瞼を動かし、街壁の方を見上げた。
ポメラも遅れて、何事かとそちらへ目を向けた。
街壁の上に、異形の化け物が立っていた。
一見、それは桜色の髪を両側に括ってツインテールにした、愛らしい少女のようであった。
だが、下半身が巨大な蜘蛛になっている。
ラーニョ騒動と無関係であるはずがなかった。
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