第三十一話 卑劣な策

精霊魔法第三階位|風小人の剣撃《シルフソード》」


 ポメラは大杖をアルフレッドへと向ける。

 魔法陣から放たれた出た風の斬撃を、アルフレッドは剣で防いで弾く。


 アルフレッドはそのまま直進してポメラに接近しようとするが、《火霊狐の炎玉フォンズボール》が移動し、アルフレッドとポメラの間にふわりと割り込んだ。

 その間にポメラは横へと跳び、アルフレッドへと再び大杖を向ける。


「《風小人の剣撃シルフソード》」


「ぐっ!」


 放たれた風の刃を、アルフレッドは剣で受け止めようとする。

 だが、身体に近すぎたため、衝撃で背後へと飛ばされていた。

 アルフレッドは地に膝を突き、息を切らす。


 アルフレッドはポメラを睨みつける。

 その視線を遮るように、《火霊狐の炎玉フォンズボール》がふらふらと左右に揺れる。

 その動きに苛立ったらしく、アルフレッドの額に皺が寄った。


「……A級冒険者が決闘だというから来てみたが、思ったより地味な戦いだな」


 観衆から、そんな声が漏れ始めて来た。


 ポメラの狙い通りだろう。

 この戦いは、派手な戦いにしてはならない。


 やろうと思えば、ポメラは高位魔法の一撃でアルフレッドを塵も残さずに吹き飛ばすこともできる。

 ただ、そんなことをして余計な噂でも立てば、厄介なことになるのは目に見えている。

 この世界には《人魔竜》を筆頭に、凶悪な個人が何人も潜んでいるのだから。 


 小技でちょこまかと立ち回り、地味に勝利する。

 それがベストだろう。


「なんだ、全く攻めれてないじゃないか。今の、俺なら接近できていたぞ」


「アルフレッドって、思ったより大したことないんじゃないのか。思ったよりラーニョの沸いていた数が多いせいか、他の冒険者もいっぱい仕留めてたみたいだしな……」


 アルフレッドが歯茎を晒し、野次馬を睨む。

 その後、《火霊狐の炎玉フォンズボール》の奥にいるポメラへと指を差した。


「卑怯な戦法を! これは決闘だぞ! もっと正々堂々と勝負しろ!」


 ポメラは完全に魔術師寄りで、アルフレッドは逆に剣士寄りだ。

 二人がぶつかれば、こういう戦い方になるのは当然だろう。

 魔法攻撃の間を突いて接近できないのはアルフレッドの落ち度でしかない。


 ……もっとも、ポメラはアルフレッドがギリギリ対応できない範囲で地味に魔法攻撃を展開しているので、陰湿な印象を覚えてしまうのも無理はないだろうが。


 アルフレッドはその後も飛び掛かるも、フラフラと動き回る《火霊狐の炎玉フォンズボール》に尽く動きを遮られ、《風小人の剣撃シルフソード》に身体を斬られていた。


「おかしい……何故だ、何故近づけない……?」


 アルフレッドが剣を構えながら零す。

 ポメラは必要最低限しか魔法を使っていない。

 甘いところがあっても、即座に追加を撃ってリカバリーが利く。

 仮に接近されても、純粋なレベルでは遥かにポメラが勝っているので、ごく自然なふうを装いつつ、素早く《火霊狐の炎玉フォンズボール》の死角に回り込むことができる。

 アルフレッドが接近できる道理はない。

 おまけにアルフレッドとしては、なぜ自分がポメラに距離を詰められないのか、全く理解できないだろう。


 するすると逃れるポメラを必死に追うアルフレッドを見て、集まった観衆達も段々と荒い野次を投げるようになっていた。


「おいおい、魔物を狩るのは慣れてても、魔術師相手は初めてかアルフレッド様よ?」


「そんなのじゃ、この魔法都市でデカイ面するには百年早いぜ」


 ……そ、そろそろトドメを刺してあげた方がいいのではなかろうか。

 どんどんとアルフレッドの顔が赤くなり、それに比例して鼻の穴が広がっていく。


「素晴らしい精霊魔法の操作精度だ。第六階位の魔法を残し続けながら、ただでさえ制御の難しい精霊魔法を自身の手足の如く自在に操るのは、見事と言う他ない……。戦闘勘も素晴らしい、実戦経験が豊富なのだろう。まるで至近距離から放たれた刃が、全て見えているかのような動きだ。対人戦には自信があるが、オレにはあそこまではできない……。あの年齢で、どれだけの修羅場を潜ってきたのか、想像もつかん」


 ポメラを嗾けた尖がり帽子の男が、一人思慮深げに頷いていた。


「何言ってるんだ? あのキザ男が鈍臭いだけだろ」


「そんなことはない。あの男の剣技は王道寄りだが、それでは通らないと見て変則的な動きを交えている。得意な剣筋ではないのだろうが、破綻は見えん。対人戦に慣れている証だ。魔物狩りならともかく、純粋な決闘ならば《殲滅のロズモンド》にも勝るだろう。だが、聖女ポメラがアルフレッドの剣を尽く読み切っているのだ……」


 長々と解説していたが、周囲の者達は誰も彼の言葉にまともに耳を貸していない様子だった。

 か、可哀想……。

 恐らく、観衆の中では一番冷静にこの戦いを分析できていた人であろうに。

 俺はそっと尖がり帽子の男から目線を離した。


「《風小人の剣撃シルフソード》」


「うぶっ!」


 アルフレッドはついに直撃を受け、衝撃に吹き飛ばされて地面を転がった。

 慌てて体勢を整えて剣を構えるが、ポメラに杖先を向けられていた。

 ポメラが追撃を撃つつもりであれば、明らかに《風小人の剣撃シルフソード》が間に合っていた。

 それはトドメになっていただろう。


「こ、この……!」


 アルフレッドは剣を握る力を強めたが、ゆっくりと息を吐き出し、全身の強張った力を抜いた。


「……確かに、俺の言いがかりだったようだ。お前は強い」


 アルフレッドは、意外にもあっさりと負けを認めた。

 これ以上恥を掻くよりは、と考えたのかもしれない。


 いや、アルフレッドの目的は、最初からポメラを試すことだったのだ。

 決闘はその手段でしかなかったのかもしれない。

 子供っぽく喚き立てていたのも、きっとただの演技だったのだ。


 アルフレッドは優雅に立ち上がり、衣服に着いた土埃を払った。

 ポメラはじっとアルフレッドへ杖を向けていたが、その様子を見て杖を逸らした。

 それと同時に《火霊狐の炎玉フォンズボール》も消えた。


「アルフレッド様……」


 審判にされていたセーラも、安堵の息を吐いてアルフレッドを見つめていた。


「改めて謝罪させて欲しい。いい魔法だった」


 アルフレッドは剣を鞘に戻し、ポメラへと手を差し出しながら彼女へと歩み寄って行った。

 良かった。

 野次馬達がつまらさそうに散り始めていたが、これでいい。

 どうにか平穏に決着がついてくれたようだ。

 変な恨みを買われるのは避けたいところであった。


「ご、ごめんなさい、ポメラも、熱くなりすぎていたかもしれません……。でも、ポメラより、カナタさんにも謝ってください」


 アルフレッドが大人な対応に切り替えたのを見て、ポメラも恥ずかしそうに顔を伏せた。

 二人の寄りが縮まったとき、アルフレッドが首を傾げた。


「おや、どうしたのだ聖女ポメラ殿よ?」


「その……人と握手をするのは慣れていないものでして……」


 アルフレッドは口端を吊り上げ、悪辣な笑みを浮かべた。


「決闘中に、そんな無防備に。勝敗がつくのは、片方が意識を手放すか、負けを認めたときだけだ。この俺がいつ、負けを認めると口にした?」


「え……?」


 ポメラはまだ混乱していた。


「ま、まさか……!」


 俺は自分の顔が引き攣るのを感じていた。

 アルフレッドはポメラの戦いを讃え、謝罪を約束し、自身の武器を仕舞って握手を迫った。

 その一連の行動の間、一度も敗北は認めていない。

 だが、そんなもの、詭弁にも程がある。

 しかし、アルフレッドは、本気でその詭弁を実行するつもりでいる。


「これで距離を詰められた!」


 戸惑うポメラの前で、アルフレッドは剣を抜いた。


「この俺が、貴様のようなガキに公の場で負けたなど、あってなるものか! 手段や過程など、所詮は本質ではない! 大衆が求めているのは結果だ! この俺が勝ったという結果さえ残ればいいのだ!」


 ポメラは剣を振りかぶられ、初めて事態に気が付いたようだった。

 アルフレッドは、思ったよりもその上を行くクズだった。


 この状態からでは、さすがに魔法では間に合わない。

 戦いを補佐する《火霊狐の炎玉フォンズボール》ももう消してしまっている。

 完全に剣士の間合いだった。


「きゃあっ!」


 ポメラは可愛らしい悲鳴と共に、大杖を雑に振り回した。


「ハハハハハハ! 上位魔術師といえども、距離を詰めてしまえば何もできることなどない! 知略も、実力の内……え……?」


 大杖はアルフレッドの剣を弾き飛ばした。

 続いて大杖がアルフレッドの顔面を捉える。

 アルフレッドの身体が打ちのめされて吹き飛んでいき、野次馬を跳ね飛ばしてなお勢い余り、冒険者ギルドの壁に綺麗に人型の穴を開けた。


 ポメラの大杖の先端が砕け、破片が周囲に散らばっていた。

 彼女は目を見開いたまま、無言でアルフレッドが飛んで行った方を眺めていた。


「……い、生きてるかな、あの人」


 俺は静寂に包まれる冒険者ギルド前にて、小声でそう呟いた。

 ポメラのレベルはアルフレッドの倍以上あるが、ポメラは魔術師型の人間である。

 ステータスの上り幅にも影響が出ているはずだ。

 た、多分、即死してはいないはずだ。


「ポメラ、すごーいっ!」


 フィリアが無邪気に拍手する音だけが、静かな辺りへと響いた。

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