第三十二話 魔法都市のS級冒険者
決闘の後、ポメラは吹っ飛んだアルフレッドに巻き込まれた人達数名に白魔法を掛けていた。
「
ポメラが唱えると魔法陣が浮かび、前に立っていた人の体が白い光に包まれていく。
「おおっ! 怪我をした前よりも身体が軽くなった気がするぞ! ありがとうございます!」
「い、いえ……その、ポメラのせいですので……」
ポメラはお礼を言われるたびに、複雑そうな表情を浮かべていた。
……因みに、杖はアルフレッドをぶん殴ったときに折れてしまったので、今はテープで巻いて補強している。
応急処置でしかないので、無事に討伐報酬が出たらポメラの杖も買い替えておこう。
周囲にはポメラを称賛する声が溢れていた。
「あのいけ好かない冒険者を、赤子同然に倒してしまうとは!」
「あの戦い、何があったんだ? 見ていたが、全く理解できなかったぞ。まるで杖でぶん殴ったらアルフレッドが飛んで行ったように見えたぞ」
そういう声が聞こえるたびに、ポメラの顔がどんどんと曇り、肩を窄めて小さくなっていく。
「おいおい、魔力の流れが見えていなかったのか? あれはアイテムによる、風を操った攻撃だ」
そんな声まで聞こえてくる始末であった。
なるほど、あれはアイテムによる風魔法攻撃だったのか。
「……その、お疲れさまでした、ポメラさん」
「さっすがポメラッ! すごいっ! 強いっ!」
俺がポメラに声を掛けると、フィリアが楽し気に同調する。
「フィリアも、あの剣士の人と戦いたいっ!」
止めてあげてほしい。
開幕一秒で、地面から生えた手に叩き潰されるアルフレッドの姿を俺は幻視した。
決闘相手が常識のあるポメラだったのは、アルフレッドにとって不幸中の幸いであったかもしれない。
「ごめんなさい……カナタさん。カナタさんの言う通り、あんな言い掛かりに取り合わずとっとと下がっておくべきでした」
「い、いえ、これくらいでしたら、大丈夫ですよ……多分」
……しかし、フィリアの始祖竜投げといい、今回の一件といい、ポメラはそういう星の許に生まれてきたのかもしれない。
さっさと呪鏡レベリングでレベル1000くらいまで持っていかないと、後々のことを考えると彼女が危険かもしれない。
ポメラのレベルが200前後だと察した連中が、彼女を狙いに来ないとも限らない。
俺だって、常にポメラの横にいられるとは限らないのだ。
「……それに、俺のために怒ってくれてありがとうございました。別にあの人の言葉を気にするつもりはありませんでしたが、それでも凄く嬉しかったですよ」
「カ、カナタさん……!」
ポメラが頬を赤くして、俺の顔を見上げる。
「これからもポメラ、ちょっとでも恩を返せるように頑張りますから……!」
「い、いえ、嬉しかったですが、この方面ではそんなに頑張ってもらわなくてもいいかなあと……」
そこに、拍手の音が近づいてきた。
顔を向ければ、例の尖がり帽子の男が立っていた。
「見事だ、聖女ポメラ……。己の矜持を懸けた決闘であっても、大衆の前で切り札を晒すのは、愚か者のすること……しかしまさか、戦闘スタイルそのものを隠そうとしていたとはな。オレでさえ、あの瞬間まで欺かれていた……」
ポメラは首を傾げた後、答えを求めるように俺の方を見た。
しかし、俺も彼が何を言いたいのか、さっぱりわからない。
「まさか、あの高位の精霊魔法や白魔法は本分ではなく、意表を突いて棒術で確実に仕留めるための隠れ蓑に過ぎなかったとは。剣の間合いでの戦いに慣れすぎていた時点で、気が付くべきだった。いや、面白い」
「……はい?」
「とぼけても無駄だ。至近距離から放たれたアルフレッドの剣の勢いを利用し、ただの一打で相手の武器を防いで砕き、同時に攻撃に出るとはな。巧妙に粗雑な大振りに偽装されていたが、その実、糸を投げて針に通すかのような、極限に研ぎ澄ませられた精巧な一打であった」
ポメラは困った顔で俺を見た。
多分、俺も同じような顔をしていただろう。
「ポメラすごい! ポメラ、そんなことできたんだ!」
フィリアがきゃっきゃと燥いでいる。
できないぞ。
「あ、あの……」
ポメラが何か言おうとしたが、尖がり帽子の男がそれを手で制した。
「おっと、そう警戒してくれるな。この一件はオレの口からギルドマスターに報告させてもらうが、それは別だ。探るために、声を掛けにきたわけじゃあない。有象無象には、この戦いが何であったかを知ることさえできはしない。オレは唯一の見届け人として、素直にこの戦いの顛末を称賛したかった。ただ、それだけのことだ……」
尖がり帽子の男は、他の囃し立てている者達を一瞥してそう言った。
ポメラも色々と言いたいことはあっただろうが、固く口を閉じていた。
何も言うまいと決めたのだろう。
尖がり帽子の男はニヤリと笑い、俺達に背を向けた。
「フフ、まるで自棄になって我武者羅に放った力業かと錯覚させられたが、そんなはずがない。それでA級冒険者のアルフレッドをあれだけ軽々と吹き飛ばすには、どれだけのレベルが必要になるのか、わかったものじゃないからな」
俺はそれを聞いて、冷や水を被せられた気分だった。
男は振り返ることもなくそのまま去っていった。
じ、実はあの人、的外れなことばかり口にしているようで結構凄い人なのではなかろうか。
俺達もラーニョの報酬を得るために冒険者ギルドに戻ろうかと考えていると、気になる話が聞こえてきた。
「近遠熟しつつ、白魔法も一流とは……。もしかすれば、我が都のS級冒険者、コトネ様にも並ぶのでは……?」
「いや、それはあるまい。コトネ様は、明確に規模が違う。お前はあの方の本気を見たことがないから、そう言えるのだ」
コトネ様……?
確か、この都市に一人、S級冒険者がいるという話であった。
だが、その名前は、この国らしくない。
まさか、俺と同じ転移者なのだろうか。
いや、そうとは限らない。
ロヴィスの部下にもヨザクラという着物姿の女がいたが、彼女は別の国からやってきたとロヴィスが口にしていた。
そのとき、背後から声が聞こえてきた。
「あっ、あの、白魔法……お願いできたりしませんか……? 当然ですが、お代は言い値で支払わせていただきますので……」
声の方を見ると、アルフレッドの仲間のセーラだった。
血塗れで白目を剥いているアルフレッドを背負い、困り果てた顔でポメラの方を向いていた。
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