第十九話 ラーニョの討伐依頼

「マナラーク支部の冒険者ギルドでは現在、冒険者の方に黒蜘蛛の《モンスターパレード》への攻撃を優先的に依頼しています。黒蜘蛛はラーニョという種族の魔物でして、大きな一つ目があるのですが、それを討伐証明部位として、一つ二万五千ゴールドでの買取を行っています」


 職員の説明が続く。

 俺が馬車での移動の最中に見た黒蜘蛛ラーニョと全く同じ魔物と考えてよさそうだ。


 しかし……一体につき二万五千ゴールドか。

 このことを知っていれば、馬車での道中にも回収していたのだが、惜しいことをした。

 五十体近くいたはずだ。

 あの群れで百二十五万ゴールドになっていたことを思うと、ギルド側は今回の件に対して大分奮発してくれているようだ。


「ラーニョは一体の危険度がD級前後とされています。D級以下の冒険者の方には、かなり用心して挑む様にと忠告させていただいております」


 俺がラーニョのステータスを確認したときも、レベルはさして高くなかった。

 レベル24だったはずだ。

 あまり階級ごとのレベルの基準はわかっていないが、恐らくその辺りがD級になるのだろう。


「それから……今回はかなりイレギュラーな事態なので、何が起こるかはわかりません。《モンスターパレード》の大半は理由が不詳なことが主ですが、今回はさすがに規模が大きすぎる。上位の魔物が潜伏しているのではないか、とまで言われています。かといって、放置していれば増えたラーニョが都市マナラークに侵入してくるのではないのかと危惧されていますので、ギルドとしては様子見に出るわけにもいきませんので」


 何があっても自己責任、ということか。

 さすがに俺達は大丈夫だろうとは思うが……警戒しておくに越したことはないだろう。


 俺は職員から、今件の依頼について簡単にまとめた紙を受け取った。

 都市周囲の全体地図らしいが、ラーニョの発見報告があったらしきところに蜘蛛のマークが描かれている。


 俺がラーニョを討伐した周辺は特にラーニョが出やすいらしく、赤色の蜘蛛マークが入っていた。

 推奨B級冒険者以上、と注釈が入っている。


「どう思いますか? 金策としても絶好ですし、どうせなら困っている人の多い依頼から受けていきたいなと俺は思っているのですが……」


「ポメラもそれでいいと思います。他に特に、目ぼしい依頼はなさそうですし……」


 ポメラが他の依頼のリストに目を通しながらそう言った。

 俺は彼女の言葉を聞いて、職員へと向き直った。


「わかりました。ラーニョの討伐依頼、引き受けさせていただきます」


 職員の説明から察するに、かなり多くの冒険者が既にラーニョの討伐に向かっているようだった。

 俺達も出遅れるわけにはいかない。

 この依頼は、かなり美味しい依頼だ。

 一度に百万ゴールド近い額が狙える依頼は、C級冒険者の受注できる範囲ではまず有り得ない。

 少しでも多くのラーニョを狩って、金策に役立たさせていただこう。


「他の冒険者の方達も、ラーニョ狩りを考えているみたいですね」


 依頼の受注を終えて受付を離れた際に、ポメラが別の場所へと目を向けながらそう口にした。

 俺は彼女の目線を追って周囲を見る。


「ラーニョは珍しいが、大した魔物ではないようだ。一体二万五千ゴールドは美味しい」


「ああ、この都市は金を持っていてありがたい。範囲魔法で一気に仕留めれば、一日でひと月分の稼ぎを得ることも難しくないぞ」


 同じ依頼を受けたらしい冒険者が、ラーニョの討伐依頼について話し合っているのが見えた。

 他にも、ラーニョについて相談しているらしい冒険者の姿がちらほらと窺える。


 こうして見ると、競争率が随分と高そうだ。

 報酬がいいからだろう。

 それだけ冒険者ギルド側が危険視していて、早急に対処したい、と考えているからなのだろうが。


 そう考えながらギルド内を見回していると……見覚えのある人物が、受付の方にいるのが目についた。


「数少ないA級冒険者の方に依頼を受けていただいて、正直ほっとしています……」


「数少ない、A級冒険者、か。……高名な魔法都市マナラークも、その程度なのだな。肩を並べられる相手がいないというのは張り合いがない。俺は少し、強くなりすぎたようだ」


 金髪の美丈夫が、やれやれといったふうに首を左右に振っていた。

 あの気取った口調の男は、確か街の中で見た冒険者で、名前はアルフレッドだ。

 傍らには以前同様、青髪短髪の冒険者がくっついている。


「数少ない、A級冒険者……」


 俺は今出た言葉を反芻する。

 確かアルフレッドのレベルは76だ。

 ラーニョ相手に後れを取ることはないだろうが……レベル76で、数少ないA級冒険者という扱いになるのか。


 この世界のレベルは上が際限なく、下位はほとんど横並びだとは認識していたが、それにしても極端に思える。

 知れば知るほど俺の中でロヴィスの評価が相対的に上がっていく。


「頑張ってくださいね! 一職員としてこのようなことを言うのはどうかと思うのですが……実は私、ずっと前からアルフレッドさんのファンなんです! この都市を訪れたと聞いて、ずっとお会いしたいと考えていました!」


「フッ、悪いが俺は、そのような言葉は飽いてしまっていてな……。全く、俺としては大したことをした覚えはないのだが。周囲の冒険者に腑抜けが多すぎる」


 アルフレッドは大袈裟に肩を竦めた。

 周囲の冒険者の一部が殺気立つのが目に見えた。


 ……《神の血エーテル》の素材を探してこの都市を歩き回っていた際に感じたことだが、この都市の住民達は皆プライドが高い。

 良くも悪くも、魔法都市マナラークに誇りを持っているようであった。

 流れ者があんな言い方をすれば、反感は避けられないだろう。


「職員としてどうかと思うのであれば、黙って職務を果たしてはどうでしょうか。仕事の最中なのでしょう?」


 傍らの女剣士が、アルフレッドの片腕を抱きながら職員を睨みつける。

 そのまま両者睨み合いとなっていた。


「落ち着くがいい、セーラよ。魔物の被害に怯える民衆は、英雄を求めるものなのだ。俺の様な選ばれた人間が、期待に応えるのもまた義務というものだろう。それを時に、煩わしくも思うのだがな……」


 アルフレッドが意味ありげにさっと自身の髪を掻き、何か過去を思い出すように遠い目をし、やや気だるげに溜め息を吐いた。

 一挙一動が芝居がかった動作であった。


「金の準備をしておくよう上に提言しておけ、職員の娘よ。他の誰よりもラーニョの瞳を多く集めると宣言しよう」


 アルフレッドは大きな声で高らかに宣言した。


「……ちょっと格好いいかも」


「カナタさん本気ですか!?」


 俺が呟くと、ポメラが目を大きく開いて問い質して来た。

 アルフレッドは全ての言動が取って付けたようで白々しいが、ずっと眺めているとなんだかあれはあれでアリなように思えてきた。

 あの不遜や気取った言動も、実力に裏打ちされたものだと思えば許せるような気がする。


 ……レベル76だが、まぁ冒険者ギルドにおいては充分実力者として見做される範囲なのだろう。


「……カ、カナタさん、ああいう感じに憧れているんですか?」


「憧れてるとはまた違うと思いますが……」


 俺は言葉を濁す。

 ポメラは少しショックを受けたように硬直していたが、決心を固めたようにぐっと口を結ぶ。


「……ポ、ポメラは、カナタさんがどうなってもついていきます!」


 ……ポメラ的には、アルフレッドの言動はナシだったらしい。

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